イスラエルの先制攻撃によるイラン攻撃開始から2週間。国境を接しない両国の戦闘は、爆撃の応酬で双方に多数の死傷者が出ている。
歴代で最もイスラエル寄りのトランプ米大統領はイランに対し、2週間のリミットを示して「全面降伏」を迫りながら、期限切れを待たず22日にイラン核施設へ一斉攻撃を仕掛けた。17日に閉幕したG7サミットでは、日本を含む全加盟国がトランプ大統領に配慮し、イランを〝地域の不安定と恐怖〟と非難。イスラエルに 〝自国守る権利がある〟と擁護する共同声明を出した。
そもそも両国はなぜ敵対するのか?それにはまず、中東の歴史をひもとく必要がある。過去・現在を読み解き、その着地点となる未来を大胆予想。日本への影響と中東紛争への関わり方について考えてみよう。
イラン続ける〝革命の輸出〟 政権転覆狙うイスラエル

親密一転し敵対関係
イスラエルという国が誕生したのは第2次大戦後の1948年。英国が統治を任されていたパレスチナ地区の一部譲渡を国連が認めて独立した。ところが、これに反発したのがアラブ諸国連盟(エジプト、イラク、サウジアラビア、レバノン、イエメンなど)だ。73年までに4回の中東戦争が繰り広げられたが、イスラエルは欧米の後ろ盾もあって全勝。今日に至っている。
渦中のイランは当時、パーレビ王朝が統治する親米政権で、女性差別が厳しいイスラム教圏では数少ないアメリカ的な自由な雰囲気を持つ国だった。そのイランはトルコと共にイスラエルをいち早く国家として承認した。
ところが78年、イラン国民の多くが信奉するイスラム教シーア派の指導者、ホメイニ師をリーダーに〝イラン革 命〟が勃発。同国を統治していたパーレビ国王一家は国を追われ、米国などに亡命することとなった。新たにホメイニ氏が実権を握ったイラン・イスラム共和国は、キリスト教の米国を〝大サタン〟、ユダヤ教のイスラエルを〝小サタン〟と呼び、最大の敵と位置付ける。米大使館は民衆に占拠され、館員が444日も人質になった。以後、米国にとっても許せない存在となった。
周辺のイスラム国家の動きはどうか。シーア派と対峙するスンニ派のリーダー・サウジアラビアは、静観しながらもイランへの不快感を示して米国に接近。中東戦争が終わるとエジプトやヨルダンもイスラエルとの国交を樹立。これにシリアやイラクも続いた。その後、イラクのフセイン大統領は欧米やソ連、さらに周辺のアラブ諸国の支援を受けてイランに攻め込む。この「イラン・イラク戦争」は80年から9年も続いた。
イランはそれでもあきらめずに、地域内に〝イスラム革命〟を輸出し続けた。報道でよく聞く戦闘部隊、パレスチナの「ハマス」、レバノンの「ヒズボラ」、イエメンの「フーシ派」、シリアの「民兵組織」などはすべて「イランが後ろ盾」とされ、中東地域で着実に〝反イスラエル、反米、シーア派拡大〟の役割を担ってきた。
中東は今も王国や独裁国家が多く、彼らにとってイランのシーア派が掲げる「イスラム教の厳密な価値観重視」は、自分たちの支配を揺るがしかねず同調はできない。トランプ大統領は1期目のとき、イスラエルとアラブ諸国との間で国交を正常化させる〝アブラハム合意〟を次々と成立。イスラム教国のモロッコやスーダン、バーレーン、UAE(アラブ首長国連邦)がこれに合意している。つまり、現在の中東で孤立しているのは、イスラエルではなく「イランと、非政府武装勢力」ということになる。
やり過ぎネタニアフの思惑は?
イスラエルのガザ侵攻は23年10月から始まった。そのきっかけは、パレスチナ地区の武装組織「ハマス」の無差別テロだ。ハマスはイスラエル国内で約1200人を殺害し、240人を人質に取った。この報復でガザ侵攻は始まった。
しかし、大阪市と堺市を合わせた広さほどのガザ地区では、イスラエルの執拗な侵攻で人口250万人のうち、すでに民間人4万人以上が死亡、1万人以上が行方不明とされ、食糧不足もあり悲惨な日々。「人質救出、ハマスせん滅」では説明がつかない。
ネタニアフ首相がここまでやる背景は2つ。一つは国内の政治基盤が弱く、退陣に追い込まれると汚職などで刑事訴追の危険性があるためだ。〝非常時継続〟は政権の延命につながる。そして「民族浄化にも等しい」と非難を受けるガザ侵攻に対し、トランプ大統領の米国はもちろん、英国とEUを含む欧州諸国も一定の理解を示してくれているからだ。
ドイツ人らの友人に背景を聞くと、地続きの欧州ではユダヤ人に対するホロコースト(独ナチスによる大量虐殺)を止められなかった心の痛みと、十字軍派兵(11~13世紀)以来の「キリスト教的価値観がイスラム教と合わない」という肌感覚で中東からの難民を好まない体質が透ける。
暗躍する「モサド」要員
ガザ侵攻が終息を迎えつつあった6月13日、イスラエルは一方的にイランを空爆。イランも弾道ミサイルでイスラエル最大の商都テルアビブ市街地を報復攻撃した。双方の攻撃は繰り返され多数の死傷者が出ている。
両国は東京—福岡間に匹敵する1000㌔以上離れており、間にはヨルダンやシリア、イラクがある。過去にも小競り合いはあったが、イスラエルがイラン防空施設などに限定して攻撃すれば、イランは撃墜されやすい速度の遅いドローンで報復空爆するなど、お互いにどこか抑制的だった。しかし今回は本気。相手の心臓部目がけて撃ち合い、一歩も引かない。
イランの人口はイスラエルの9・3倍。原油埋蔵量は世界4位、天然ガスは同2位の資源大国。軍事力ではイスラエルが15位でイラン16位と拮抗しているように見える。しかし、軍用機一つとってもイスラエルは米国製F35などステルス性のある第5世代の最新鋭戦闘機など340機を持っているのに対し、イランは機数こそ同規模だが、旧ソ連製のミグなど第4世代の旧式ばかりだ。
米軍参戦を成功させたイスラエルの狙いはズバリ、現在のイラン最高指導者ハメネイ師を殺害し、現体制を崩壊させることだ。
旧元首・パーレビ国王の息子で米国亡命中のレザ元皇太子は、イラン国民に反政府蜂起を呼びかけており、「自由で豊かなイランを取り戻そう」と勢い込んでいる。確かにイランは多民族国家でシーア派以外の住民も多く、欧米からの経済制裁で長年苦しんでいることから、革命後生まれの世代はパーレビ時代の生活を望む声は根強く、国内で反政府デモも散発している。
イスラエルは最初の爆撃で、ハメネイ師の側近の革命防衛隊サラミ司令官やバゲリ軍参謀総長の殺害に成功している。殺害はイスラエルの諜報(ちょうほう)機関「モサド」が彼らの所在を正確に把握していた結果だ。トランプ大統領が「ハメネイ師の所在も分かっている」と口を滑らせたのも、モザドからの情報である可能性が高い。
トランプ得意の「どう喝」外交
トランプ大統領がイランに「全面降伏しろ!」と迫った背景には、イラン国内の詳細な情報はモサドからもたらされ、討ち漏らさない自信があるからだ。
トランプ流交渉テクは昔からえげつない。
①相手に対し徹底的に強く出る
②手のひら返ししても自分の非は認めない
③結果に対し「自分は正しい」と言い続ける
つまり①は対等な交渉と見せかけ突然攻撃を仕掛けぶん殴りどう喝、続く話し合いを有利に運ぶいつもの手口だ。
今後は②でハメネイ師の生殺与奪を含むイランの今後に関しては、ネタニアフ首相やレザ元皇太子らに丸投げするだろう。トランプはイランで米国人や米軍人の血が流れることだけは絶対に避けたい。だからこそ安全圏に身を置いた「空爆のみ」に踏み切ったのだ。
③で破れかぶれのイラン政権は、中東の米軍基地を攻撃するだろうが大した戦果は期待できない。そこでイランは劣勢を覆すため、または米国との交渉カードとして、世界有数の石油輸出ル―トの「ホルムズ海峡封鎖」を封鎖し、世界経済に甚大な影響を与えようとする。封鎖は日本にとって国内総生産(GDP)を3%程度押し下げる危険な選択だ。
トランプにとって海峡封鎖は痛くもかゆくもない。「それはアジア各国で対応すべきもの」と言えば済む。自身の支持者には関心の無い場所であり、しかも封鎖による供給不安から原油価格が急騰すれば、世界最大の産油国の米国は得をする話しだ。
そもそもイラン核開発を巡る交渉では、オバマ大統領が「平和利用」を条件に6カ国(米英仏独中露)の経済制裁を解除し、和解の道を開いた。それを1期目のトランプは一方的に合意から離脱。しかし、今年3月に今度はトランプから交渉再開を求め、5回の話し合いを重ねていた。この間、米国の要求にのらりくらりと応じないイランに気の短いトランプがいら立ち、ネタニアフの先制攻撃を容認。次に米国の強大な軍事力を誇示する形で初の直接爆撃に踏み込んだ。
心配なのは米国の軍事介入後だ。毎度、独裁政権は悪、民主主義が正義を掲げ、イラクのフセイン政権やアフガンのタリバン政権、リビアのカダフィ政権などを崩壊させてきたが、その後の米国のかいらい政権はいずれも長続きせず泥沼化している。イラクでは最悪のテロ組織IS(イスラム国)が生まれ、リビアは今も内戦が続いている。
待ったなしの日本
遠い中東の紛争は、日本にとっても大きな影響が出る。わが国の原油備蓄は200日分あるが、すでに原油価格はイランの海峡封鎖を心配して、先物価格がジリジリと値上げに動いている。石破総理は近づく参院選対策の一環として、補助金で「ガソリン価格1㍑175円」を8月末まで実施する。すでに国が使ったガソリン補助金は8兆円に達しており、「補助が無かった状態での物流コストやマイカー経費への影響」を考えると日本経済は恐ろしい。