先月、静岡県の認定こども園「川崎幼稚園」で、園児の河本千奈ちゃん(3)が通園バスに取り残され、熱中症で死亡する事件が発生した。1年前にも福岡県で同様の事件が起きたばかりだ。
事件を受けてメディアは「園側のどの部分にミスがあったのか」を報じ、「暑い中、上半身裸になって、水筒が空になるまで助けを待っていた」悲惨な状況や、園長が「死亡園児の名前を間違えた」「笑顔の会見に批判殺到」などと、視聴者や読者の怒りを増幅する報道が過熱。しかし、大事なのは同様の事件が続いているのに、なぜ防げないのかだ。「もし、わが子が同じ目に遭ったら…」と、子育て中の読者が一番心配なのはその点だ。
そこで本紙では、大阪の現状も踏まえながら、問題の本質を明らかにし、そこからどう子どもたちを守っていけるかを考えていく。
度重なる〝通園バス置き去り死〟再発防止に必要な視点
静岡県牧之原市の「川崎幼稚園」で、通園バスに取り残された3歳女児が死亡した事件。1年前に福岡でも同様の事件が起きたばかりなのに、なぜ、このような悲しい事件がなくならないのか!
本紙では、大阪の状況も踏まえながら、問題の本質は何かを突き止め、そこからどう子どもたちを守っていけるのかを読者と一緒に考えていきたい。
通園バスは保育の範囲外
「福岡県で起きた同様の事件からまだ1年ほどしか経っていない中で、今回の事件はありえないし、考えられない。正直、驚いています」。こう話すのは大阪市こども青少年局の保育施策部保育企画課の今田益代課長だ。
今年春にも広島市の保育園で、保育中に行方不明になった男児(5)が近くの川岸付近で亡くなる事件が起き、市内の保育施設に安全確保の通知を出したばかりだった。
「園外はもとより、園内でも保育の場面が替わる時は、必ず人数確認をするのは鉄則なのに」と国内で起きる相次ぐ事件に、今田課長は心を痛めている様子だ。
大阪市によると、市内には認可保育所や認定こども園などが約800カ所あり、このうち44施設が通園バスを利用している(昨年8月時点)。
保育の質を確保するため、保育園には職員の配置基準がある。0歳児は3人、1~2歳児は6人、3歳児は20人、4~5歳児は30人に対し、それぞれ保育士を1人以上配置するというものだ。バス送迎の際に、これらはちゃんと機能していたのだろうか。
今田課長は「実のところ通園バスは、保育所認可の要件には入っていません。国の認識では〝バス送迎は保育の外〟なのです」と説明。つまり、バスは各園が独自に行っているサービスであり、バスでの安全確保にどう取り組むかや、マニュアルを作るか作らないかは、現時点では各園の判断次第なのが実態だ。
ただ、1年前の福岡の事件後、市では年1回の検査時に、「(園バスのある施設には)乗降時の人数確認をするよう口頭ではあるが、働きかけている」という。
それでは現場の実態はどうなのか。東成山水学園(東成区)の博多敬子園長が取材に応じてくれた。
自主的にマニュアル
▲帰園後はドアと窓を開けたままにしている東成山水学園の通園バス
「他園の園長とも話しましたが、普通なら起きない、ありえない事件。園バスに限らず、保育の場面が替わるときは必ず人数確認するのが基本ですから」。事件に衝撃を受けた面持ちで博多園長は話した。
同園の園児は約300人で、うち50人ほどが通園バスを利用している。送迎は1台のマイクロバスで朝夕それぞれ2便ずつ発着し、園児の乗降確認は、朝は運転手と同乗の保育士、園で迎える保育士の3重で、夕方は運転手と保育士の2重で行っている。
園の開設は1952(昭和27)年で、通園バスは約30年以上前に導入されたが、バスの安全マニュアルを初めて作ったのは博多さんが園長になった数年ほど前だった。
「それまでバスでの確認事項は先輩から後輩への口伝いでした。でも、新しい保育士さんは見落とす可能性がでてくる。だから、もともと確認していることを書面にまとめた方がいいと思ったんです」(博多園長)
チェックするのは登園時に19項目、降園時は13項目。「事務所の携帯電話を持っていく」「発車前にバスの下や周りに子どもがいないか確認する」など、上から順に確認を進めていく。
さらに、昨年の福岡県の事件後には、マニュアルに「バスの帰園後、日中はドアと窓を開けたままにしておく」などを新たに追加。今回の静岡県の事件後にも、口頭だけでなくノートに確認者の名前を記載することを義務づけた。園児の安全のためにマニュアルは更新し続けている。
「ここまでやっても、いつどこで何が起きるかわからない。どこか抜けているのでは、甘いところがあるのでは、という危機感が常にある」と博多園長。
子どもの安全を確保するには、保育士みんなの力が必要だ。このため博多園長はトップダウンではなく、職員みんなが気づきやアイデアを出し合う職場環境づくりを進める。「三輪車置き場が日の当たる位置にあるので、座る部分が熱くなっている。置き場所を変えてはどうか」といった身の回りの改善案も活発だ。
「新人の保育士にも会議で思っていること、自分の意見をちゃんと言うように働きかけています。風通しのいい職場が子ども第一につながりますから」と話している。
保育はチームワーク。絶えず複数の目で見守る状態を
自分で身を守れない
事件以降、メディアでは各園の講じる対策を続々と紹介している。置き去りを防ぐため、人を検知するセンサーをバスに取り付けたり、先生を呼んでも返事が無ければ運転席のクラクションを鳴らすよう訓練したり…。
子どもの命を守ろうとする純粋に対策に取り組む姿勢はすばらしいことだ。ただ、もし保育士が「センサーがついているから」と安心し切ってしまい、そんなときに限って誤作動が起きたら…。バスで眠ってしまった園児が、暑くて目を覚ますと周りに誰もいない。パニックになって泣き叫ぶ園児が、果たして冷静さを取り戻し、訓練通りにクラクションを鳴らせるのかどうか…。一方でそんな疑問もある。
辞書を引くと、保育とは〝乳幼児の生命を護り育てる〟こととある。〝自分の身を自分で守れない年齢〟だから保育士の助けが必要ということだ。
この視点から考えると、対策を講じる場合、「自分の身は自分で守りなさい」という視点を捨て、それをしなくて済むように、保育士に何ができるかが重要だ。
なぜなら、センサーに誤作動が生じても、センサーを開発した企業のせいにはできないし、「クラクションを鳴らす訓練をしたのに…」という言い訳は通用しないからだ。子どもの生命を守る保育士は、それほど崇高で覚悟を持った職業であることには頭が下がる。
自身も東淀川区で徳蔵寺保育園を運営する大阪市私立保育連盟の寺田崇雄常務理事は「例えば1歳児6人に保育士1人がつくといった国の配置基準があるが、現実に即していないと感じることもある。1人をトイレに連れて行けば残り5人を誰が見るか、食事を喉に詰まらせないように1人で6人の口の動きを絶えずチェックできるか、災害が起きたとき本当に1人で6人全員の面倒を見られるのかなどだ」と現場の実態を説明しながら、「保育はチームワーク。絶えず複数の目で見守れる状態を作ること望ましい」と理想を語る。
それを実現するためにも「保育士が足りない状況だが、保育の世界を目指す人が増えるよう、やりがいを広めていきたい」と活動している。
<通園バス置き去り死の概要>
静岡3歳女児置き去り 空になった水筒見つかる
【2022年9月5日】
静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で9月5日、通園バスの車内に置き去りにされた3歳女児が熱中症により死亡した。
この日、通園バスには運転手を含む職員2人と、女児を含む園児6人が乗っており、午前8時50分ごろに登園。午後2時10分ごろ、車内で意識不明の状態で見つかり、その後病院で死亡が確認された。約5時間に渡って放置された女児は上半身裸の状態で発見され、車内からは空になった水筒も見つかった。
福岡5歳児置き去り 炎天下のバスに9時間放置
【2021年7月29日】
福岡県中間市の双葉保育園で男児(当時5歳)が送迎バスに放置され、熱中症により死亡した。男児が発見されたのは乗車から約9時間後の夕方だった。
バスは当日、園長1人で運行。園児7人が乗っていたが、男児が車内に残されているのに気付かないままバスを施錠。帰宅時間にバスの乗降場所に迎えに行った母親が、男児の姿が見えず園に問い合わせ、園職員が施設内を探したところ、駐車中の登園用バスの中でぐったりしている男児を発見した。
待機児童は解消されたが…
保育士はまだまだ不足
現在、政府は通園バスのマニュアル策定や、安全装置の導入支援などを検討している。こうしたルールも大切だが、基本的には多くの目で子どもを見守る体制こそが必要。しかしながら、保育士不足に悩む自治体が多いのも現実だ。
待機児童の社会問題化によって、国や自治体は施設を急増させ、今年4月時点で全国の待機児童数は計3000人弱と、ピークだった5年前の約11%にまで減った。かつて全国ワーストクラスだった大阪市も現在は4人にまで減少している。
しかし、施設が増えた分、現場の人手不足が続いており、「大阪市では保育人材を確保するため、さまざまな支援を進めている」と今田課長。
実際に取り組みの成果として、5年前の2017年度に大阪市の民間保育施設で働く常勤保育士数は6770人だったが、今年度は8521人にまで増加。全国的に保育士のなり手が減る中、着実に人材確保が進められている。
次号では、保育人材確保に向けた大阪市の取り組みや、保育士のなり手の現状について取り上げる。