2001年9月11日、午前8時46分、最初のジェット機が世界貿易センタービルの北棟に激突した。その後すぐ、南棟にもジェット機が突っ込み大炎上。少し間があってワシントンDCのペンタゴン(国防総省)にもジェット機が激突して炎上した。ホワイトハウスを狙ったであろう4機目は、勇敢な乗客たちのおかげで目的地に達せず、ペンシルバニア州の田舎で墜落した。
あの日は快晴の秋晴れでとても心地の良い日だった。朝のルーティンをこなして出社した多くの人が犠牲になり、ニューヨークだけでも3000人近い人が命を落とした。その後も救出作業に参加した人たちや、近隣に戻った人たちに健康被害などが出て、今も死傷者数は増え続けている。
あれから25年が経った今年、米国メディアはこぞって特集番組を制作した。そこには25年経って初めて見る映像や証言、証拠などが多数含まれていて、時間を経ても傷が癒えてないことを伝えていた。
実際、このテロ攻撃は、米国本土への攻撃の中では最大規模で、最悪な事態を招いた。テロリストを許せない米国は全力をあげて、テロの首謀者であるオサマビンラディンとそのテロ組織のアルカイダを追い詰め、壊滅させていった。
9月11日の映像を見ていると許せないと思うし、その後を追いかける番組でも、なぜこんなひどいことをするのか? と思わずにはいられない。
しかし現在、世界で起こっていることに目を向けると、米国のイラン攻撃やロシアのウクライナ侵攻の現場は、この程度のレベルではない。市内の一部地域が壊滅したのとはレベルが違う規模の破壊行為や殺りくが、現在進行形で行われている。
いったい人間たちは過去の過ちから何を学んでいるのか。
日本は関係ない、対岸の火事だと思って見ている人が多いし、実際に戦争が起こっていることすら知らなかったり、気にしてもいない人も多そうだが、果たしてそんなことでいいのだろうか。
台湾有事が起こればそんなのんきではいられないのだが、いつまで経っても人ごとでしかない平和な日本に未来はあるのだろうか。
いくつもの特番を見ながら25年前の記憶を呼び起こし、また1991年の湾岸戦争当時のことを思い出し、色々と考えずにはいられない。
平和な国であることは大事だが、その平和がどうやって維持されているかを無視することはできない。もっと自分ごととして、みんなが考える国になっていかないものか。

