間もなく8月が終わる。広島と長崎への原爆投下の日、81回目の終戦の日を挟んだお盆休み。日本の戦後は延々続く中、北方領土を実効支配するロシアのプーチン大統領が13日に就任後初の択捉島訪問。高市総理は強く抗議したが具体的制裁策は見えず。15日には与党を中心とした国会議員90人近くが靖国神社を参拝、就任前に「どんな立場でも参拝を続ける」と明言の同総理は中国や韓国の反発に考慮し、参拝を見送り、党総裁として私費で玉串料を奉納した。ロシアのウクライナ侵攻は既に5年目。中国は台湾統一や南シナ海進出の野心を隠さず近隣国と小競り合いが続く。大国の野心が世界を覆う中で、我が国が延々と先送りしてきた「北方領土」と「靖国神社」を8月に考えた。
こういう左右両派で主張が分かれる問題を論じる時は、まず自身の立ち位置をはっきりさせなくてはならない。私の亡父は元陸軍士官、戦後生まれで〝団塊の世代〟の私に「異国に散った戦友230万人に対し、昭和天皇は結果責任を全うすべき」と説いてきた。長じて新聞社に入った私は記者教育で「不偏不党に徹し、常に客観的に報じよ」と学んだ。記者らしく第三者的にまず現状を見る。

領土問題「譲れば負け」の鉄則

離島帰属の底流歴史
戦前、北方4島は北海道、竹島は島根県、尖閣諸島は沖縄県の行政区域に組み込まれていた。
敗戦翌年の1946(昭和21)年、日本占領中の米国(GHQ)指令「マッカーサー・ライン」と呼ばれた〝仮の国境線引き〟で、北方4島と竹島はライン「外側」に置かれ日本行政権は一時停止。尖閣諸島はライン「内側」に含まれ、沖縄統治中のGHQの監督下に。暫定的な境界「マッカーサー・ライン」は52(同27)年「サンフランシスコ平和条約」発効に伴い廃止された。その〝暫定的線引き〟が、戦前の施政権を基に「固有の領土」を主張する日本と、ロシアや韓国の「領有権」主張との対立の根拠になっている。
「北方領土」見込み違い
北方領土は2019(令和元)年の安倍・プーチン会談決裂で、日本が目指した「2島返還」が事実上破綻した。ウクライナ侵攻を見ても分かるようにプーチンが目指すのは「ソ連崩壊で失われた〝大ロシア帝国〟復活」だから、旧ソ連領の北方4島を日本に返還する気は当初から1㍉もない。現に20(同2)年に憲法改正で「領土の割譲禁止」を明文化、道を完全に閉ざした。
そう考えると、今回のプーチン訪問は「ウクライナ侵攻を巡ってG7や欧州と歩調を合わせ、対ロ制裁を科している日本」に対し、ロシアの強力な警告・対日アピールで、「反発しても日本にメリットはないゾ」との脅し。ロシアが態度を硬化させ、日本向けLNG(液化天然ガス)や水産資源(カニやサケなど)禁輸に踏み切られれば困るのは日本側だけに、高市総理も「強い抗議」しかできない。
竹島、尖閣諸島も含め、日本は領土問題では一歩も引かず事態を先送りするしか策がない。仮に3つのうち1カ所でも妥協すると残る他の相手国に「日本は弱腰」と足元を見られ、一気に押し込まれる。それが隣国との領土帰属の交渉実態なのだ。
一般神社と異なる「靖国」
「靖国」誕生は明治以降
靖国神社は、明治維新後の新政府が戊辰戦争で亡くなった兵士を祀る施設として1869(明治2)年に東京招魂社の名で建立したのが始まりで、神社としては比較的新しい。
GHQは戦前の国家神道を問題視し、戦後の新憲法においても「政教分離」を第20条で厳しく規定。靖国も戦後は他の神社仏閣と同じく民間の1宗教法人となった。
歴史的に外交問題化したのは85(昭和60)年8月15日、中曽根康弘総理の靖国公式参拝以降と比較的新しい出来事。戦後の首相で初めて「内閣総理大臣」の肩書で公式参拝した事に中国政府が「A級戦犯が合祀されている施設に日本の首相が公式参拝することは、侵略戦争を正当化しアジア人民の感情を傷つけるものだ」として公式に非難表明、韓国も同調した。中曽根総理は翌年からの参拝を断念、以降の小泉純一郎総理や安倍晋三総理が靖国参拝の際にも、両国が毎回抗議声明を出す外交対立へと発展した。党内右派だった高市総理が就任後初の今年「参拝するか?否か?」は注目されたが、日中関係は今も最悪ながら韓国が露朝関係悪化の一途をたどるなかで「あえて日韓関係の火種を増やす必要はない」との選択をしたようだ。
「別格」扱いの訳は?
靖国には一般神社の氏子がいない。サポート組織「靖国神社崇敬奉賛会」と戦没遺族で作る「日本遺族会」などから運営資金が出されている。戦後に発足した自衛隊殉職者は靖国には奉られず前身の警察予備隊員などを含め2000人超が防衛省(東京・市ヶ谷)内の「殉職者慰霊碑」に名簿が納められ、毎年追悼式が行われている。
戦争犯罪人として処刑されたり収監中に病死した東京裁判のA級戦犯が靖国に合祀されたのが78(同53)年10月。昭和天皇の最後の靖国参拝は75(同50)年11月。以後、昭和天皇が靖国参拝したことは一度もない。昭和天皇自身が「A級戦犯合祀」に不快感を抱き参拝を避けた事は、後に宮内庁長官メモで明らかになった。平成・令和と時代は移っても天皇参拝は再開されていない。
戦後生まれの私は、戦没者を美化し神格化する事に抵抗感があるも、遺族が私人として慰霊に訪れる事に何の違和感もない。私人として宗教的行事に参加することは憲法で保証された「信教の自由」だし、自治体首長が公共施設の神道起工式に出席するのも過去判例で合憲とされている。しかし総理が国の行政機関トップとして靖国を含めた宗教施設に拝礼・献金する事は「政教分離」で厳に戒められており、特に靖国は中韓の反発もあるので自衛隊を含めた行政機関は距離を置いているのが現状だ。

勇ましい事できぬ日本
「靖国神社」や「北方4島」をめぐる左右両派の主張は、国家存立の「アイデンティティ(誇り)」に関わる問題で大変重要。しかし国家そのものの「サバイバル(生存)」が脅かされては、誇りを論じる根底基盤が覆ってしまう。私は結論の出にくいこれらの問題をあえて先送りしても「今を生きる国民の生命と財産をどうやって確実に守るか?」という冷徹な原点に立ち返ることが、国家の運営と安全保障に寄与すると考える。
共同通信の川北省吾・編集委員兼論説委員の近著『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』で、世界の現状を「米・中・露の指導者たちが、力によって現状をひっくり返し、それぞれの『過去の栄光や定位置』を取り戻そうとする妄執・復讐心を抱いている」と再定義している。
日本は軍事同盟一つ取っても、「日米安全保障」のみの一本足打法。もし米国に見放されたら、お隣の脅威である露・朝・中に対抗できる手段が何もない。21世紀は大国が力による現状変更をごり押しする19世紀型世界に戻りつつあり、「北方領土」と「靖国神社」を他国による日本国攻撃の口実にさせてはならない。もう一度冷静になって国家の優先順位を考えてみよう。
