米国の有名大学の卒業式では、著名なゲストがスピーチを行うのが慣例になっている。スティーブ・ジョブスがスタンフォード大で行ったスピーチは歴史に残る名スピーチだった。
しかし、今年のスピーチでは、登壇者がAIについて語り出すと、卒業生からブーイングが巻き起こるシーンが複数の大学で見られた。登壇者の多くはビジネスで成功し、グローバルな視点から今後のビジネスでAIが果たす役割や価値、影響力などを紹介した。
それに対し、卒業生たちからは「AIの話はもう聞きたくない」と言わんばかりにブーイングしたのだ。
今年の卒業生は、生まれた頃からスマホがあり、チャットGPTが登場した頃には大学生としてエンジニアやプログラマー、データアナリストを目指し、高額な授業料を支払って学んできた世代だ。
こうした職に加え、トップクラスの大学の卒業生が好んで就職するコンサルティングや会計の仕事は今、AIに奪われる職の筆頭だ。彼らがAIに不快感を示すのは理解できる。
ついこの間までは、こうした職業に就けば20代で年収1000万円は楽勝だった。それが、いざ卒業する段階になり、「君たちは必要ない。AIが代替してくれる」と言われれば、文句の一つも言いたくなるだろう。
過去にも蒸気機関の発明や電気の普及、コンピュータやインターネット、スマホと新技術が登場する度に、人々の生活は向上し、市場も拡大して新たな雇用を生んできた。ところがAIは、優れた大学を卒業したからこそ就けるホワイトカラーの職のほとんどを奪ってしまう。
この変化は大きい。社会人として、これから経験を積んでいく最初のスタートで仕事が見つからない時代となれば、人生の大きな損失だ。
登壇者たちはなぜ、AIについて取り上げたのか?「学生諸君、君たちの未来はもう終わりだ」と言いたかったはずはない。登壇者たちが言いたかったことは、こうではないか。
AIはある部分では多くの仕事を奪うという事実がある。だからこそ、AIにできる仕事ではなく、AIにできない仕事をこなせる人材にならなければなけない…と。
また、AIを活用して、これまで10人でやっていた仕事を1人でこなせるようになれば、これまで以上に稼げる、ということも知ってもらいたかったはずだ。 すごいスピードで進歩するAIとどう付き合うか、どう活用していくか、を考えてもらいたかったのではないだろうか。
米国には日本のような就職活動や4月一斉入社のようなものはない。在学中にインターンなどを通じて企業に自分を売り込み、就職へ繋げるのが慣例だ。人によっては卒業後にフルタイムのインターンをしながら機会をうかがう者もいれば、世界中を旅して見聞を広げてから就職活動をする者もいる。何百社と履歴書を送るが、相手にされず無職になる者もそれなりにいる。このあたりは自己責任の国である米国の特徴が際立っているとも言える。
生まれたときからスマホがあり、大学では生成AIを活用してレポートを作成してきた世代だから、AIの能力や可能性は熟知している。だからこそ、今の状況に恐怖を覚え、登壇者の言葉を素直に受け入れられなかったのかもしれない。

