衆院解散総選挙を受け、衆参両院で首班(内閣総理大臣)を指名する特別国会が来週11日に開会する。
15年ぶりに与党の自公両党で衆院過半数を割った中での「宙づり国会」。投票率は53・85%と戦後3番目の低さとなり、投票率が下がることで与党の有利に働くと思われた中での惨敗だった。国民の審判は「現政権NO、でも政権交代は不安」という結論に。
2012年の第2次安倍政権誕生から続いた自民党1強体制は消え去り、「丁寧に与野党議論せよ」が有権者の新たな判断だ。石破政権の行く末を考えてみる。
党内に開き直る石破総理
大勝負は来夏、参院選
自民は「政権は絶対保持」
自公政権は安倍内閣の末期から、ジワジワと忍び寄る支持層の衰退に、低投票率と野党の弱体に助けられてきた。比例得票で見ると、野党第1党の立憲民主党の伸び率はごくわずか。自民党が石破内閣の誕生でリベラルに振れた分、右派の票は参政党と保守党に食われ、立憲は野田新代表の誕生で右傾化した分、れいわ新選組が躍進した。国民民主党は自公が避けていた20~30代有権者を標的に、玉木雄一郎党代表が「減税で手取りを増やそう」と呼びかけ共感を呼んだ。
与党の敗因ははっきりしている。統一教会に裏金議員をはじめ、森友学園、アベノミクスの副作用として長年のデフレ低賃金に円安とすべて安倍政権時代の〝負の遺産〟。安倍晋三・元総理が健在なら着地手順も違っただろうが、暗殺テロで急死し一気に吹き出した。長年の与党1強時代に慣れ、国民の不平不満を深刻に感じなかった鈍感さが全て後手に回った結果と見る。
さて、実際の国会運営は全て多数決の世界。与党が過半数に足りなければ対応策は4つ。①自公政権のような「連立」②国会運営は協力するが閣僚は出さない「閣外協力」③個別法案ごとに特定野党と協議し一致すれば協力する「部分連合」④個別法案ごとに複数野党と協議し一致した党が協力する「部分連携」だ。
自民党は戦後間もなくの結党以来、二度下野している。野党の悲哀をなめたから、「二度と政権を手放さない」のが党内の共通認識。この総選挙中、すでに情勢分析から「自公過半数割れ」を想定しており、「その時は国民民主党と政権協議」と決めていたようだから裏での手はずは万全だ。
少数与党は体制固め急務
さて私と長年の付き合いのある石破総理の心境はどうか。過去4度の総裁選に敗れ、1カ月前の今回も1回目投票で地方票が高市早苗候補より少なかったことから2回目決戦投票での敗北はある程度覚悟していた。それがフタを開ければ予想外の逆転勝ち。知り合いの自民議員によると「どっちが選挙の顔としてマシか?」との究極の選択だったそうだ。
総理自身はかねて「総理総裁が目的ではない。大切なのは〝何をするか?〟の中身」と言っていた。予期せぬ勝利も党を取り巻く情勢があまりにも厳しいため、お鉢が回ってきたことを本人は百も承知だった。このため、地位にしがみつく気は毛頭ない。
ブレーンを持たない総理は解散時期も組閣も総裁選で世話になった森山裕・党幹事長の進言を受け入れたが、結果はことごとく裏目。だからこそ総理は総選挙敗北が決まり、日付が変わった先月28日朝に「今後は身内論理や党内理論を排除し、幅広く国民の納得が得られる政治を」と表明したのだ。
これからは野党の一部が協力しないと自公政権は必ず行き詰まる。来年1月に召集される予定の通常国会で、最初のハードルは早々に可決を目指す今年度補正予算。次いで新年度予算を年度内に成立できるか否か。会期は6月で夏には天下分け目の参院選がある。
仮に予算案審議でもめて、一部の野党から内閣不信任案が出されそうになったら総辞職もありうるから、常に野党とパイプをつないでおかなければならない。石破内閣での官邸や与党の主導権は成り立たず、すべて与野党合意で決まるから、ひたすら丁寧な議会運営が求められる。
キーマンとなるのは野党との下交渉で汚れ役となる国会対策委員長ポスト。石破内閣発足時に坂本哲志・農水相が横滑りしているが、ここは木原稔・元防衛相や自民会派に戻った西村康稔・元経産相、世耕弘成・元経産相ら野党に顔が利く大物に過去の経緯を捨てひと汗をかいてもらうしかないだろう。頼みの国民民主とのパイプ役は元同党副代表で参院議員だった矢田稚子・総理補佐官が適任。パナソニック労組出身で、同党バックの労組「連合」にも顔が利く。
不人気内閣は持たない
石破総理はかつて自民党内で宮沢喜一総理に金権政治改革を迫り決然と離党、新生党に入り細川政権誕生に手を貸した気骨の人。人口最少県・鳥取選出の議員として1丁目1番地でもある「地方創生」をはじめとする国民人気回復策で〝倒閣運動〟への予防線を張らないと何もできない。要は官僚が嫌がっても「野党の協力を取り付ける」という大義名分を振りかざし〝人気取り施策〟を推し進めるわけだ。腹をくくって一般からの支持が多い「マイナ保険証の全面実施延期」「選択的夫婦別姓の実現」を法案提出し、野党に先手を打てば支持率はすぐに上向く。
「そんなことをすれば党内の保守派が黙っていない」と心配する声もあるが、過去の新自由クラブや自由党、新生党などの例をみると、自民党を離れて新党を結成しても結局は長続きしない。選挙区の地方議員を無視した行動は必ず自身の選挙に跳ね返る。日本維新の会など現在の保守系野党は全て新たに立ち上げた新党。生き残った自民党議員はそのあたりをよく知っているし、右派急先鋒の高市議員も盟友の旧安倍派議員が大量落選して力を削がれ〝党内野党〟を演じる余裕はない。
「地方創生」マンパワー次第
私も鳥取の県紙、日本海新聞の役員として地域活性化に取り組んできたから、仕組みはある程度分かっているつもりだ。「地方創生」はそもそも、地方を豊かにし東京一極集中を防ぐのが目的。少子高齢化が一足先に進む地方は一段と過疎化が進んでおり、日本創成会議の試算では「2040年には約半分の896自治体が消滅の恐れ」と指摘されている。
総理は初代の地方創生相。地方が地域活性アイデアを出せば支払われる「地方創生推進交付金」制度を創設したのも当時の彼だ。
現在の地方交付税交付金は年額17兆5千億円あまり。この6%相当が災害被災地などに特別交付税として個別に増額される。総理の考える新たな交付金増額は能登半島の地震と集中豪雨の被害を教訓に、平時からトイレカーやキッチンカー、さらに簡易宿泊施設などを官民連携で配備する計画。しかし、日本は南北弓形に長い上、平地はわずか25%。残りは山地か中山間地だけに、移動可能な災害資材の有効活用はそう簡単ではない。
いくら税金を地方に投入しても人材の都市集中には歯止めがかからない。ノウハウも十分でないため、交付金は首都圏の広告代理店やプランナー、コンサルタント、イベンターが懐に入れてしまい、地域に落ちないジレンマがある。実際、コロナ禍で地方移住が増えてネットの利用も拡大したが、コロナが明けると一斉に都市に回帰。ある家族は「いったんは自然豊かな地方へ家族で移り住んだが、教育や買い物、医療や福祉などの社会インフラが乏しくて不便」と理由を明かした。
平成が始まった1989年、当時の竹下登総理が全地方自治体に「ふるさと創生事業」として1市町村1億円を用途指定なしで配った。アイデアを有効に生かしたケースも多々あったが、無用なハコモノを作って後の維持管理に困ったり、全額宝くじを買い大損したりと悲喜こもごもな結果も出た。結局はUターンでもIターンでもよいから有能人材を確保していないと投入資金は十分生かされない。
前門の野党、後門の党内
決戦は来夏の参院選だ。参院の過半数は121。現在は与党140(自民113、公明27)対野党101(立憲41、維新19、共産・国民各11など)の大差。しかも参院は半数ずつの選挙なので、来夏は改選126(欠員2を含む)のうち、与党側は78議席取れば全体の過半数を維持できる。つまり立憲の野田代表が野党をかき集め、仮に衆院で首班指名されても参院でねじれを起こすだけで安定政権にはほど遠い。完全な政権交代には衆院総選挙だけでなく、3年ごとの参院選でも2回勝つ必要がある。
もっとも石破総理の首自体、安泰ではなく、国会運営次第で党内ですげ替えられる危険性が常に付きまとう。今や自民のキングメーカーは岸田文雄・前総理。先の総裁選にも立候補した旧岸田派の番頭、林芳正・官房長官が後釜を狙い閣内に控えている。石破総理は前門の野党、後門の自民党内をてんびんに掛けながら「宙づり国会」を綱渡りで運営していくしかない。