深夜の万博会場で繰り広げられた悲喜交々 パビリオン開放で乗り切った夜、広がった支え合いの輪も

 8月13日夜、大阪メトロ中央線で停電が発生したため、万博会場で足止めをくらい、多くの人が帰宅できない事態になったのはご存じだろう。

 メデイアのニュースや個人のSNSなどで状況を知ることができるのは現代の良いところだが、不思議なのはメディアのニュースと個人のSNSでは伝えている内容が違うこと。会場内で何が起こっていたのかの詳細は、会場内にいた人たちのSNSに任すとして、全体像や事態に対応したパビリオン側のことを伝える。

 明けた14日の午後、会場内を歩き回ってパビリオンを中心に関係各所で話を聞いてみた。その結果見えてきたものがある。
 第一に、問題が起きたのは大阪メトロであって、万博そのものはどちらかというと影響を受けた立場だった。第二に、会場では多くの人が夜を過ごすことになったが大きな問題やいざこざなどはほとんどなかった。午後9時半時点での会場滞在者数は約3万5000人。そのうち自力で帰宅した人もおり、実際に夜を会場で明かした人はこれより少なかった。第三に、複数のパビリオンが何らかの形でスペースを開放して滞在者を迎え入れた、という3点だ。

 これが今回の一連の出来事に関する全容を示す事実だ。

 吉村洋文知事からの直接の指示でパビリオンをオープンした大阪ヘルスケアパビリオンでは、14日午前0時半頃には人々を受け入れ始め、午前6時半頃まで1階とスロープの一部などを開放し、館内に入った人には水やパンなどの提供を行った。提供したものは非常用に準備されていたものを活用。館内にいた責任者が現場の状況を掌握し、吉村知事の指示の元、最善の対応を行った。スタッフも予定外の業務にも係わらず、気持ち良く対応し、多くの利用者が去り際に感謝の言葉を述べていったという。

 最終的に同パビリオンでは述べ2000人近くがパビリオンを利用して夜を過ごした。

 東ゲートに近い電力館でも、必要に応じて入り口付近のスペースを開放して、休息場所の提供や充電のサポートなどを行っていた。ほかにもNTTパビリオン、GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION、EXPO ナショナルデーホール、EXPO2025デジタルウォレットパーク、マネープラザ、団体休憩所P25など国内関連施設だけでも少なくとも十数箇所で場所を開放して対応していた。

 海外パビリオンでは、ポルトガルパビリオンがレストランや多目的ルームを開放し、休息のスペースだけでなく、食事や飲み物も提供して多くの人たちをサポートした。疲れ切った親子連れには、ソファーのある館内の部屋を開放してゆっくりくつろぐ場所を提供。

 同パビリオンでは、電車が止まっているという知らせを受けた際、館長からスタッフに「どうしたい?」と質問したところ、「開けましょう」という声が自発的に上がり、午前5時半頃まで多くの人たちの対応を行った。

 話を聞いた館長自身も、午前6時半に帰宅してシャワーを浴びて朝食を取っただけでとんぼ返りで業務に就いていると教えてくれた。それでも「SNSでここで夜を過ごした人が感謝のコメントをアップしているのを見ると開放して良かったと思う」と安堵の笑顔をみせてくれた。

 オランダパビリオンでは、電車が止まっているという連絡を受けたあと、できるだけスタッフをタクシーで帰し、残ったスタッフで朝までパビリオンの1階部分を開放して対応した。

 ミッフィーと記念撮影したり、ミッフィーのつけ耳で写真を撮ったり、通常紫に点灯している球体部分を赤に点灯させたり、とできるだけ楽しい時間を提供しようと工夫したという。

 開放したスペース内に入り切らない人が列を作っていたが、少しずつ人の流れがあり、最終的には列に並んでいた人たちは全員が館内に入り、少しは休むことができたと思う、ということだった。

 会場内ではダンスを踊ったりとポジティブに盛り上がったりする人たちもいて、「会場内に取り残された」というネガティブな雰囲気ではなく、その場を楽しむ、または〝万博でオールナイト〟という状況を逆手にとって楽しんでいた人もいたという。あるパビリオンのスタッフは「大阪の人っ地だからこういうふうに楽しめたのでは」とコメントしてくれた。

 「いっそのことナイト万博を企画してみるのもありかもしれない」というSNSコメントもあった。

 ほかにも複数のパビリオンに聞いてみたところ、迅速にスタッフの帰路の確保を優先したというパビリオンもあれば、それぞれにタクシーや個人的に迎えを呼んで帰宅したというパビリオンもあり、皆が夜を徹して対応していたわけでもないことも判明。

 14日の深夜にかけてはタクシーや迎えの車などで帰宅した人がそれなりの数いたことは確認できたし、西ゲートから出発するバスもJR西日本とコーディネートして、弁天町行きを増便し、環状線も終夜で運行させて対応していたので、どうにかして帰宅しようと思えばできたという事実も見えてきた。もちろん、始発を待って帰宅した人たちが一番多いのだろうが、それも仕方なく、というよりそういう選択をした、とも捉えられる。

 日本国際博覧会協会に確認したところ、電車が止まるなどのトラブルは災害対策マニュアルにもあり、今回のトラブルも想定の範囲内のことだったそうだ。ただ万博が始まって以来初めてのトラベルである上に、状況はその時々で違うので、臨機応変な対応が求められ、徹夜で対応に追われたスタッフもいた。その点今回は多数の人が取り残されたとはいえ、パビリオンや来場者の協力もあり、混乱を最小限に抑えたのではないか。