1月から延々と続いていた通常国会の会期も6月22日まで。野党は備蓄米問題で失言した江藤農水相のクビを取り、残る攻防は年金底上げ問題に。与党は消費税減税議論を棚上げして参院選に向かわざるを得ず手詰まり状態。そんな中で、新聞やテレビもほとんど報じないままジミに成立したのが「薬機法」の一部改正。以前は「薬事法」と呼ばれ医薬品の取り扱いを定めたこの法律は私たちの生命と健康に直結している。サクッと検証してみよう。

厚労省本音 「医療費削減」も…
国民の「安心安全」優先どう図る?
コロナ後「初改訂」とは?
「薬機法」は医薬品の製造・販売ルールを定めているが、化粧品、医薬部外品(医薬品と化粧品の中間に位置)、医療機器(X線や人工心肺など)、再生医療(細胞移植など)も含む。過剰な表現で問題視される〝健康食品〟は範囲外だ。
薬機法は2013年、「薬事法」から名称変更して登場。3~5年ごとに改正されており、今回で5回目。前回はコロナ禍前の議論だったため、パンデミック(世界的感染症流行)への備えと、一気に進んだデジタル化への対応が初めて盛り込まれた。
ポイントは4つだ。
①薬局の時間外でもコンビニなどで市販薬が買えるようになる。ただし、若年層によるせき止め薬などのオーバードーズ(目的外過剰摂取)を阻止するため、年齢制限を規定。
②慢性的な薬剤師不足に対応し、ピッキング(調剤)など業務の一部を委託可能に。
③ジェネリック(後発)薬の欠品を防ぐ生産対策の強化。
④パンデミック時などの医薬品安定供給や、新薬開発競争に打ち勝つため、創薬企業立ち上げを国と企業が支援。基金も創設。
内容を詳しく見ていこう。
コンビニはビジネス好機
これまでも「一部の医薬品はコンビニでも買える」建前だったが、実際はドラッグストアに行かないと買えないケースが多かった。医薬品は薬局で薬剤師の説明を前提に売買する大原則があり、薬剤師が不在の時には店に在庫があっても販売できなかった。
今後は風邪薬など〝一般用医薬品〟も、コンビニでタブレットなどを使い、薬剤師と簡単なやりとりをして購入できるようになる。さらに進めば、閉店時でもスマホの質問に答えてQRコードを取得し、自販機にかざして薬を購入することも。

メリットとしては、薬局やドラッグストアが少ない過疎地や、夜間の急な発熱・腹痛などで救急車を呼ぶほどではないケースで、対応薬品を迅速に入手できる。当面は第2類・第3類医薬品(風邪薬や胃腸薬など)に限られるが、コンビニなどは同一都道府県内に1人以上の薬剤師を配置すれば参入可能だから、ビジネスチャンスの到来だ。
一方で、対面販売ならチェックできていた若者の過剰摂取。こちらも手薄にならないように、画面での年齢確認や、コンビニ販売用の少量・安価パックを作るなどして乱用を防ぐ。
昭和時代の薬局では、白衣を着た薬剤師の店主がいて、客が症状を訴えると市販薬を数点出し、説明しながらの売買だった。このため、客が勝手に薬を手に取ることは難しかった。新制度では、薬剤師が拠点にいてネットで応対し、個別店での医薬品管理は巡回してチェック・指導する。
役割変わる薬剤師
医師の処方箋を持って調剤薬局に行くと、薬剤師が薬品棚の前でせわしなくする姿を目にする。この作業は従来、薬剤師以外はできなかったが、改正で外部委託が可能になった。薬剤師は集められた薬品を確認するだけでよくなるため、この作業の機械化も可能になる。
そうなれば、薬剤師は患者の相談や服薬指導など、人にしかできない業務に集中できる。かつて、院内調剤が主流だった時代は、相談は医師の専任事項で、薬剤師が対面で関わることは少なかった。
それだけに、薬を過剰要求する患者などパワハラに直面する機会も増え、薬剤師のストレスが増大する可能性があるため、人員不足に拍車がかかる恐れもある。AI対応を含む研修の実施など、新たな役割への理解と周囲の協力が必要だ。

ジェネリック供給が心配
国は薬価を抑えるために、患者に「ジェネリック薬使用の協力」を強く呼びかけている。先発メーカーの薬の特許が切れた後に登場する薬は、研究開発費が不要なので、安く提供できるためだ。
しかし、処方箋医薬品の多くは多品目少量生産で収益性が低い。風邪薬や痛み止め薬など需要の多い分野は、逆に過当競争で価格が下がる。先発メーカーに比べ、ジェネリックメーカーの供給体制が不十分な場合も多く、成分混入の防止など品質管理も重要な課題だ。小さなトラブルでも欠品が深刻化する。
こうした背景から、多少薬が高くても先発薬から乗り換えるのに不安を覚える患者は多い。国は一方的に患者へジェネリック薬を押しつけ、後発メーカーにプレッシャーをかけるだけでは不十分。コロナ禍で浮き彫りになった〝医療体制の安全保障〟の視点から、安定供給体制の整備が不可欠だ。
処方箋がなくても同じ薬が手に入る「零売(れいばい)」というシステムがある。原則禁止だが、医療用医薬品は約2万品目あり、そのうち処方箋が必須と定められているのは1万3000品目。残る7000品目は「やむを得ない場合」に限り、処方箋なしでも購入できる。風邪薬、解熱鎮痛剤、花粉症薬、医療用ビタミン剤などが対象で、全国に100店ほどある専門薬局で購入可能だ。薬剤師が患者の既往症を把握して販売する場合は違法ではなく、国も直ちに全面禁止する方針ではない。
今後はマイナンバーカードを用いた「マイナ保険証」が普及し、情報の一元化が進めば、こうした矛盾も解消に向かうだろう。
創薬ベンチャーを応援
コロナ禍で国産ワクチンの開発が話題になったことを覚えているだろうか。結局、国産は実現せず、海外から高額なワクチンを大量に輸入する結果となった。
日本はワクチン開発で世界に遅れ、国際薬品市場の売り上げも減少傾向。海外で既に承認されている薬が国内で使えない「ドラッグ・ラグ」も目立つ。国内だけでは採算が取れない薬の開発や輸入の遅れという「ドラッグ・ロス」も課題だ。医薬品開発は有効性の実証に時間と費用がかかる。そこで、国と大手製薬企業などが協力して支援基金を設け、新薬開発に挑む若手ベンチャー企業への資金支援を行う。
自身の健康は自分で
残る課題は、少子化で市場が小さくなった乳幼児向け医薬品開発をいかに促進するかや、高齢者向けの健康食品系サプリメントで横行する誇大表示の規制・取り締まりなどだ。
今後は、「処方された薬を黙って飲み治療」から、「自分に合った薬の飲み方を考え、健康を維持」するセルフメディケーションへの意識の転換が求められる。医師や薬剤師に頼る前に、まずは食生活の改善や運動に取り組む。既往症があり複数の医療機関を受診していると、処方の重複による服用過多の危険もある。自分の薬の成分や効能をスマホで調べ、学ぶ努力も必要だ。少子高齢化とデジタル化が進む令和の時代、医療や投薬との付き合い方も日々進化している。