再生治療を患者の元へ iPS心筋シートの澤教授ら 中之島クロスで取り組む「大阪モデル」の必要性を強調

 再生医療の分野で、日本の製薬会社やベンチャー企業はどうすれば世界で戦えるのか―。そんなテーマを掲げたパネルディスカッションが3月24日、大阪市北区の中之島クロスで開かれた。登壇者からは、日本は研究の水準は高い一方、事業化や製造、投資の面で大きな壁があるとの認識が相次いだ。議論を通じて浮かび上がったのは、米国流をそのまま追いかけるのではなく、日本ならではの強みを生かした産業育成の必要性だ。(佛崎一成)

「日本のファーマ・ベンチャーの再生医療での勝ち筋について」のパネルディスカッション。(右から)アステラス製薬の鈴木丈太郎研究開発担当役員、澤教授、櫻井さん、山口社長、竹内さん=3月24日、大阪市北区の中之島クロス(編集部撮影)

米国をまねるのでなく、日本独自の育成を

 冒頭でセラファ・バイオサイエンスの山口秀人社長は「再生医療の事業化で最大のカギの一つが製造にある」と指摘。再生医療は薬のように同じものを大量生産するだけでは成り立たない。細胞や材料の質が高いだけでなく、安定して供給できること、毎回ほぼ同じ品質で作れることが欠かせない。

 山口社長は「どれほど優れた技術でも、材料が一度きりしか手に入らなかったり、作るたびに出来栄えが変わったりすれば、患者に安定して届けることはできない」と研究成果を社会に届けるには、目に見えにくい製造基盤こそ重要だと訴えた。

中之島クロスを育成拠点に

 未来医療推進機構の理事長で大阪大の特任教授としてiPS細胞の心筋シート「リハート」の開発を主導した澤芳樹教授が、中之島クロスで進める取り組みを紹介。澤教授が目指すのは、研究成果を眠らせず、事業へ育てるための「大阪モデル」の構築だ。「海外のスタートアップ支援機関や製薬企業と連携し、有望な研究を持つベンチャーを早い段階から鍛え上げる仕組みづくりに取り組んでいる」と話し、「現在は約30社が動き始めており、海外市場を見据えた英語での発表や事業計画づくりも進めている」と明かした。

 澤教授は「日本には優れた技術が数多くある一方、それを事業として成功させる仕組みが弱かった」と指摘した。大学や研究機関で生まれた技術が、特許取得や論文発表の段階で止まり、その先に進まない例は少なくないという。

 このため、中之島クロスでは、技術の芽を外に引っ張り出し、投資家や企業に「伝わる形」に磨き直すことに力を入れている。「単に研究発表をするのではなく、市場でどう戦うか、どこに勝ち目があるかまで見据えて育てる点に特徴がある。日本で誰もやっていないことを初めてやり始めている」と強調した。

 一方で、投資の文化の違いも論点となった。澤教授は「日本企業には比較的、開発が進んで成功確率が高まった後の段階に投資する傾向が強いが、海外の企業や投資家は、もっと早い段階から将来性のある技術に賭けることが多い」と説明した。つまり、日本は「ある程度形になってから支える」のが得意だが、海外は「形になる前から伸びる芽に資金を入れる」という構図だ。

研究と事業化つなぐ橋渡し急務

 アステラス・ベンチャー・マネジメントの櫻井渚さんも、「日本の研究者は基礎研究に強いが、実際の医療として世に出すには規制への対応、製造体制の構築、製薬企業との役割分担、資金計画など研究以外の視点が欠かせない」と強調。「その橋渡しを担う人材や経験の循環が、日本ではまだ十分ではない。製薬企業で経験を積んだ人がベンチャーへ移り、また投資の現場に関わる人材の流れが海外ほど活発ではない」と分析し、「ベンチャーが早い段階から製薬企業と接点を持ち、事業化の道筋を一緒に描く環境づくりが重要だ」と訴えた。

 三井不動産イノベーション推進本部の竹内雅博さんは、海外投資家から見て魅力ある再生医療ベンチャーとは何かを整理。「必要なのは、世界と比べて優位に立てる技術、簡単にはまねされない知的財産、そしてその土台となる一流の科学の三つだ」という。

 その上で再生医療の分野は「大手企業が主導するというより、ベンチャーが主役となって切り開く余地が大きい。だからこそ、臨床開発を進める段階で、国による支援がもっと厚くてもよいのではないか」との考えを示した。特に再生医療は、一つの成果が企業の命運を左右するほど重みが大きく、通常のベンチャー以上に公的な後押しが必要だという問題意識がにじんだ。

承認は通過点

 討論ではiPS細胞を使った治療開発の難しさも率直に語られた。澤教授はクオリプスで「リハート」を開発した経験を踏まえ、「研究として面白いだけでは不十分。どんな患者に、どの場面で、どう効かせるのかを分かっていることが必要。患者を本気で治そうとする臨床の視点が極めて重要だ」と強調した。

 今回、リハートがiPS医療製品として世界初の条件付き承認を得たことについて、「一つの節目ではあるが、それはゴールではなく通過点にすぎない。その先には安定した製造や販売体制の整備という、さらに高い山が待っている」との認識を示した。

 特に「iPS由来の心筋細胞は非常に繊細で、同じ手順で作っても得られる量に差が出ることがある」という。澤教授はリハートの製造過程について「うまくいけば多く作れるが、別の回では大きく減ってしまう。なぜ差が出るのかがまだ完全には読み切れない部分もある」と明かし、「こうした不安定さこそが再生医療の産業化を難しくしているので、製造で大きなブレークスルーをつくることが最大のポイントかもしれない」と語った。

 議論が進む中、会場との掛け合いも熱を帯びた。澤教授は「スタートアップが世界を目指すのは当然としながらも、米国流の価値観だけを絶対視する必要はないのではないか」と問題提起した。

米国流一辺倒への疑問

 この発言にビジョンケアの高橋政代社長が呼応。「日本には本来、腰を据えて育つ企業文化がある」と指摘し、「米国のやり方をそのまままねる必要はないのではないか。日本独自の育成の形があってよい」との考えを示した。

 さらに、アステラス製薬の岡村直樹社長も発言し、「日本では回収の見込みが立ちやすい融資には慣れているが、成功すれば大きい半面、失敗もあり得る投資には慎重な傾向がある」と指摘した。さらに「研究者側にももっと良いものにしてから前へ進みたいという気質がある。それ自体は悪くないが、その間に機会を逃してしまうこともある」という背景についてもふれ、「十のうち一つが成功すれば大きな成果だという発想で、光る技術を見つけて育てていく姿勢が重要だ」と説明した。

 その上で岡村社長は「上場そのものを目標にするのではなく、世界で通用する光る技術を見極めて育てることが重要だ」と強調。澤教授や高橋社長の発言とも重なり、日本の多様な技術の芽を見つけて育て、だめなら次に進むという挑戦の循環をつくる必要性が改めて浮かび上がった。

 米国流をそのままなぞるのではなく、日本の文化や産業の強みを踏まえた形で、挑戦の循環をどう生み出すか。中之島から始まる「大阪モデル」の挑戦は、日本の再生医療の未来を占う試金石になりそうだ。

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