132年ぶりに米国で返り咲きの大統領、ドナルド・トランプ(78)が誕生した。矢継ぎ早の大統領令を見る限り「1期目である程度、手の内は分かった」という分析は甘過ぎた。そこへいきなりのグリーンランド(デンマーク自治領)とパナマ運河(パナマ共和国)の譲渡要求。隣国カナダに対し「51番目の州に」と迫り、トルドー首相を退陣に追い込んだ。メキシコには「メキシコ湾をアメリカ湾に名称変更」と挑発し、領土拡張主義をむき出し。どこまでがハッタリでどこまでが本気か?名付けて〝ドナルド・トランプのトリセツ〟は?
「危険球でまず脅し」がトランプ流
〝頼りになる米国〟今は無し
グリーンランドの価値とは?
「デンマークはグリーンランドに持つ法的権利の放棄を。米国は安全保障上グリーンランドが必要」(トランプ大統領)
グリーンランドは5大陸に次ぐ世界で一番大きな島で日本の約6倍。丸い地球上では北米大陸(カナダ・米国)とユーラシア大陸(欧州・ロシア)に挟まれた場所に位置する。大部分が北極圏で人口は5万7千人と少ない。9割が先住民のイヌイットで構成され、医療や教育などの予算の3分の1はデンマーク依存。主産業は漁業という貧しい地域だった。
しかし、最近は地球温暖化で島の近海を通る北極海航路が次々開かれ、凍土に閉ざされていたレアアース(希少鉱物資源)を取り出せるようになり注目度が増している。米国は1860年代のアンドリュー・ジョンソン大統領が買収を画策し、第二次大戦後の1946年にハリー・トルーマン大統領が1億㌦を提示。トランプ大統領も2019年に買収意思を示すなど長く関心を寄せてきた。大国の要求に応じる形でデンマークは既に米宇宙軍のピツフィク基地設置に応じており、今後も投資や基地拡大に協力する可能性が高い。にもかかわらず、「なぜ買いたいのか?」がはっきりしない。デンマークはEU(欧州連合)の一員でNATO(北大西洋条約機構)メンバーの親米友好国。しかしグリーンランドは自治領で将来独立すれば制約がなくなり、地政学的にお隣のロシアや〝北のシルクロード〟(北極海航路)に関心が高い中国と結びつく可能性も否定できず、トランプ大統領は先手を打とうとしたとみられる。
パナマ運河は米が建設
一方、パナマ運河についてトランプ大統領は「米国にとって不可欠な存在なのに中国によって運営されている。米国は運河をパナマ共和国に譲渡したが、中国に渡した訳ではない。現在米国船に対する通航料金はバカ高い。まるでぼったくりだ」と批判し、管理権の返却を主張している。
運河は太平洋と大西洋を結ぶ唯一の存在。南米大陸南端のマゼラン海峡を回ると倍の所要時間が掛かる。全長80㌔最少幅192㍍の人口水路で1903年から米国が建設をはじめ14年に完成。長く米国が管理・運営・維持を担ってきた。89年に独裁者のノリエガ将軍が国の実権を掌握。運河管理も主張したため米軍が侵攻し将軍を捉え失脚させたことも。その後、冷戦終結で99年にジミー・カーター大統領が1㌦で親米政権だったパナマ政府に譲渡した。
年間の通航数約1万3千隻で、通行量はコンテナ船なら1隻4700万円から。平均1隻1億2千万円とされ、混み合うので待ち時間は2日を超える。待ち無しショートカットで通航する権利は1隻6億円かかる。通航料収入はパナマ国GDP(国内総生産)の7割を占め、とても呑める話しではない。
トランプ大統領の主張するのは5港ある運河出入り口のうち最も重要な2港を香港系企業が運営していることを指す。仮にここが封鎖されると米海軍大西洋艦隊が台湾有事などの緊急時に太平洋に出られなくなる危険性が生じる。パナマ政府が2017年に台湾と断交し中国と国交樹立したことも不安材料。トランプ大統領は「運河譲渡はカーター大統領のミス」と指摘、米国はかつて通航権確保へパナマに軍事侵攻した事もあるだけに予断を許さない。
友好国にも容赦なし
領土と権益への野望はとどまらない。隣国カナダには「人為的な国境など無い方がよい。米国の51番目の州に」と迫り、米の盟友トルドー首相を辞任に追い込んだ。
もう一つの隣国メキシコには「メキシコ湾をアメリカ湾に改名する」と宣言し、同国民は憤慨。シェインバウム大統領は17世紀の北米地図を持ち出し「当時はこの地域を〝メキシカンアメリカ〟と呼んでいた」と皮肉るのがやっと。両国の輸出額はメキシコが8割以上、カナダは75%が米国相手だけに、トランプ大統領が脅す「輸入関税25%」が本格実施されると国内経済が崩壊しかねないので静観するしかない。
欧州のNATO加盟国に対しては「防衛費負担をGDP比5%に」と迫っている。以前の目安だった「同2%目標」は加盟32カ国中23カ国が達成。NATO全体の防衛費は年間約185兆円で、米国負担は約6割強の118兆円。これを「もっと増やせ」と言っているのだが、米国自体のGDP比は3・38%だから5%の数字はかなりの吹っかけ金額だ。NATO加盟国を中心としたEUとトランプ大統領との関係は、温暖化対策の亀裂もあり日本では想像できないほど険悪に陥っている。
トランプの米国とは何者か?
米国が20世紀後半に世界リーダーとなった理念は『正義と良識』に基づく4つ。①自由貿易②国際協調③世界中の〝アメリカンドリーム〟を夢見る人々への開かれた国④自由主義を守る〝世界の警察〟
これをトランプ大統領は全否定し『金と権力』へと振り向けた。①極端な保護貿易②内政重視で権益拡大の米国第一主義③雇用不安や治安悪化を不法移民に全て押し付ける排外主義④米軍人に海外で血を流させないため、途上国専制化を放置
かつての〝頼りになる兄貴分米国〟はもう存在しない。
今、ドナルド・トランプの生い立ちを描いたハリウッド映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」が京阪神をはじめ全国公開中。その中で師匠にあたる人物が〝勝利への3つのルール〟を彼に叩き込む場面がある。①攻撃・攻撃・攻撃(グリーンランドやパナマ運河を含め、徹底して相手を攻め屈服させる)②非を認めるな、全否定せよ(過去の性暴力など都合の悪いことは全てフェイクニュース)③どれだけ劣勢に立たされても勝利を主張せよ(2020年の大統領選敗北を認めず連邦議会襲撃を扇動)
彼は教えられた通り実践しているに過ぎない。
独裁者は似た者同士
そうしたトランプ流を最も喜んでいるのは世界中に専制化拡大をもくろむプーチン露大統領、習近平・中国国家主席ら対立する大国リーダー。3人の考え方は非常に似かよっており独裁者を目指すという共通点もある。
日本では「防衛費GDP2%にメドが立った」ことから「トランプと親しい企業の株式銘柄が値上がるのでは?」と就任を楽観視する向きがあるがもっと恐れて警戒した方がよい。パナマ運河の例を取ると「沖縄県を米国に返せ」と言い出しかねない。
大統領就任後の彼を「任期はあと1期4年のみ」と決めつけるのも危険。かつてフランクリン・ルーズベルト大統領は第二次世界大戦をまたいだ事から3選どころか4選に成功。当選した3カ月後に63歳で病没。その後、修正合衆国憲法に「2選8年まで」と明文化されたが、行政府トップの大統領職だけでなく立法府の上下院も共和党議員が多数を占め、司法もトランプ大統領が前任期中に送り込んだ保守系判事が最高裁多数派を形成。三権全てを抑えれば何でも好きに変えられるのだ。
全ての国からの輸入品に例外なく高い関税を掛けられる「国家経済緊急事態宣言」を用意しているぐらいだから、3年後の次期大統領選で〝トランプ3選出馬へ〟が話題沸騰しても驚かない方がよい。