【わかるニュース】「ディープシーク」で 生成AIに衝撃 米中「IT覇権競争」行方は?

 1月20日のトランプ米大統領の就任式に並んだイーロン・マスクや在米のIT企業トップが凍りつく衝撃が世界を駆け巡った。無名の中国新興企業「ディープシーク」社(以下・DS)が生成AI(学習データを基に希望に応じ文章や画像を作る対話型人工知能)「R1」を公開。これまで市場をリードしてきた「オープンAI」社の生成AI「チャットGPT」が一部だけ無料なのに対し、個人使用はすべて無料で、企業秘密の〝基盤〟と呼ばれる学習モデルまで一般公開。この結果生成AI作りに絶対必要なはずの高性能半導体ノウハウをほぼ独占する米メーカー「エヌビディア」社の株価が一時18%も急落。日本円で92兆円の資産価値が霧散する騒ぎに。1カ月経ったところで、冷静な分析と私たちの日常生活に役立つ付き合い方を考えた。

中国AI「DeepSeek」=2025年1月29日(ロイター/アフロ)
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世界AI技術者の半数は中国人 日本もAI教育の充実が必要

日々「超進化」するAI業界

 私のようなおじいちゃんでもスマホでググる(グーグル検索)と生成AIが即座に答えてくれる便利な時代。かつて囲碁将棋やチェスなどのゲームソフトは人間に勝てなかった。しかし年月を経て、今では人間は歯が立たなくなった。ゲームソフト制作側は1日24時間情報を蓄積し、休まず学習し続け進化するからだ。
 生成AIの仕組みは、ネット上の膨大なデータを基に学習分析し、文章や画像、計算はもちろん動画や音楽の作成や情報分析までやる。文章に特化した生成AIが「チャットGPT」や「ディープシーク(DS)のR1」だ。他にもマイクロソフト「コパイロット」やグーグル「ジェミニ」などがある。
 通常の開発費が数千億円規模と高いのは、DS以外はすべてエヌビディアの最先端高性能半導体チップ「GPU」を使っており、さらにそれを効率よく動かすソフト「クーダ」も必要だからだ。DSは米国のIT関連禁輸政策で「GPU」「クーダ」が手に入らない建前。「事実とすればエヌビディアの独占が崩れる」と投資家が感じ一気に株価が下がったのだ。
 IT技術者の状況分析は冷静。「AIの開発はここ数年、年間400%規模で効率化を向上。コストもオープンAI社の場合1年半で99%下がった。高性能低価格の波は誰も止められない」と言う。

AI制覇に本腰の中国

 DSの創業者・梁文鋒(リャン・ウェンホン)CEOは浙江省杭州市にあるAI開発トップレベルの浙江大(中国内大学ランキング3位)大学院出身で今年40歳。海外留学経験はなく、10年前に投資会社を設立し1兆9千億円の富を得て2年前にDSを設立した。技術スタッフ140人は20~30代と若い。
 中国は17年に「次世代人工知能発展計画」を発表。習近平国家主席は「30年までに中国AI産業を世界トップ水準に」と表明しており、国策として小中高でプログラミングやAI教育に力を入れた。大学ではすでに500校がAI関連学科を持つとされ、不況で職に就けない若者が多い同国でAI技術者は学内コンペで選抜され奨学金付きで大学院や企業にスカウトされる。
 世界のトップレベルAI技術者は中国人が半数近くを占めトップ。続く米国人は2割程度。米国で働くAI技術者のうち約半数は中国人だ。それでも中国が米国に遅れを取ってきたのは政府が「アリババ」など伸び盛り新興企業の芽を摘む政策を行ってきたためで、優秀な人材の流出が激しかったからだ。今後は携帯電話やEV(電気自動車)と並びAIでも米国に本気で対抗していく。

2019年8月30日に中国・上海で開催された第10回中国未公開株ゴールデンブル賞で基調講演を行う新興企業DeepSeekの創設者梁文峰氏=VCG/アフロ

DS裏に国家戦略チラッ

 DSは中国政府の先兵となり世界に出て行く。出る杭になっても打たれないのはそのためだ。
 アプリを無料提供するのは、世界中により多く利用者を増してデータを集め、性能を向上させていくためだ。さらに登録者獲得も大きなメリット。利用者名・生年月日・メールアドレスはもちろん、スマホ形式・IPアドレスなどを入力しなければならない。データセンターは中国内にあり、やろうと思えばDS側がスマホやPC内のデータを吸い上げられる。
 中国は「国家情報法」で国内の個人・企業団体は得た情報はすべて国家に提供する義務があり、日本式個人情報保護の発想は成り立たない。データとして一度入ったものを抜くことは不可能だ。
 さまざまな設問に対し、DSの答えは常に中国政府の立場を優先するから、例えば領土問題などで中国側の主張のみが「正答」として世界中に発信される。無料提供に飛び付いた途上国の人々に知らず知らずのうちに中国の主張が刷り込まれていく。
 またDSは世界のAI研究者に対し、推論過程(回答を導き出すステップ)を公開した。これは食べ物屋さんが〝秘伝タレのレシピ〟を教えるようなもので、チャットGPTはじめ米国AI企業ではあり得ない。一見太っ腹に見えるが、これまで米国企業が築き上げてきたノウハウをすべて白日にさらすことで〝米国優位〟を一気に覆す手だての一つだろう。
 AI世界ではハードは米国優位でもソフトはすでに中国に追い付かれている。DSに対し台湾・豪州は使用禁止。韓国・イタリアはアクセス制限をしているが、日本は注意喚起のみ。私はデータの流出を警戒しているのでDSはもちろん、中国発ネット激安通販アプリにもアクセスしていない。

ニッポン若者に期待

 民主党バイデン政権時代の米国は、中国へのIT関連禁輸に厳しかったが、共和党トランプ政権はいきなり冷や水をDSから浴びせられ「規制や禁輸では無駄」と思い知った。もともと規制緩和一辺倒のトランプ政権に歯止めを掛けるためパリで開かれた「AIアクションサミット」でも、虚偽情報拡散や兵器連動などを防ぐ〝AIの安全活用共同宣言〟に米側は署名を拒否。独裁的大統領と大手IT企業トップにより中露のようなトップダウン型へと舵を切ったといえる。
 AIが暴走すると人類に危害を及ぼす危険性が増す。トランプ政権は「弱い相手にはより強く上から。強い相手には一度は対抗し通じないと一転取り引き」が基本。自由主義に基づく大義は最初からない。AIへの取り組みを含め同盟国が全くアテにできない政権だ。
 日本のAI利用は特化型には強いが、生成型では資金不足でスタートラインにすら着けなかった。それがDSの情報公開で一気に追いつくことができた。しかし、企業内では「生成AIは怖い」と利用に二の足を踏み、中身のない会議が相変わらず続いている。地政学的に米中の間に位置する日本独自のチャンスをもっとしっかりとものにしなければならない。
 日本の学校現場では小中学生からプログラミング授業を取り入れるなどすでに人材育成は進んでいる。私が教えている大学でもレポートの執筆に生成AIを使う学生は増加傾向。今後は大学入試も詰め込み式の知識量を競う形式から、試験会場にパソコンやタブレットを持ち込み設問に対し導き出されたAIからの回答内容を人間が判断して選別・選択する危機管理能力などが問われる時代へと移って行きそうだ。

取材にもAI活用

 インタビューや座談会などの特集を作るうえで最近、手放せなくなったものがある。チャットGPTと連携するAIボイスレコーダー「PLAUD NOTE(プラウドノート)」だ。本体は名刺大くらいのサイズで、録音内容をスマホの専用アプリに転送し、AIが文字起こしから要約、マインドマップまで作ってくれる代物だ。
 私は本機をインタビューや座談会の取材で使う。通常のニュースは頭の中にすでにテンプレートがあって、取材した内容をはめ込む感覚で記事を作るから、文字起こしで対応すると逆に手間がかかる。
 一方で、インタビューや座談会にはかなり使え、おかげでノートを全く取らなくなった。テンポ良く普通の会話スピードで取材できるから、話の腰を折らず、逆に盛り上がる。
 以前は1時間の取材の文字起こしに2~3時間はかかっていた。私は必要ない部分を感覚的に飛ばし聞きできるが、取材経験の浅い記者はもっと時間を費やすだろう。その作業がものの数分で終わるわけだから一度味を占めると手放せなくなる。
 文字起こしの精度も相当高い。「あー、えー」などはカットされ、ちゃんと文章にもなっている。それでも文字数が膨大だから、新聞に載せるにはかなり編集が必要だ。ワード十数枚におよぶ文章を、躊躇(ちゅうちょ)なくカットし、同じような内容は組み合わせるなり、良い方を選んだりして文字数を減らす。ページ数を大きく減らした後は、文章に抑揚を付けたり、わかりにくい言葉を言い換えたりして完成だ。
 実際の作業自体はアナログ時代に比べ、時間的に効率化されたかは定かではない。ただ、イヤホンを耳にさして何度も巻き戻しながら文字起こしするストレスからは確実に解放される。それが私にとって一番大きい。

実際にプラウドノートで作成された取材内容の要約。文字起こしの精度はかなり高いと感じる