地域

「静かに、ひっそり営業しています」 路地裏にもほどがある 『本庄レトロ 燈』

こんなところに名店が「灯台もと旨し」
猫田しげる

知らずに暮らしているなんてもったいない!あなたの街の、あんなイイ店、こんなイイ店。「入りづらい」「高そう」「怖そう」? 大丈夫!グルメライター猫田しげるが、扉を開ける一歩をお手伝いします。

 大阪屈指の〝場所を説明しづらい店〟と言えるだろう。中崎町駅の2番出口から北上し、中華料理店のある三角地帯を左に進めば着くのだが。目印がない・大通りではない・看板も目立たないという「3ない立地」のせいか、この店がめちゃくちゃ混んでいるのを見るのは年に数度ほどである。常連客にとっては好都合だが、マスターの鳥越芳幸さん本人も「いいんです、ひっそりで」と控えめ。
 しかしこの店がかつて江戸堀でブイブイ言わせていた(古い!)大バコイタリアン「インコントロ」が前身であることを知る人は少ないだろう。とにかく朝7時のモーニングから深夜2時のバールタイムまで営業し、5人も料理人やスタッフがいて、「オシャレな江戸堀イタリアン」を体現したような店だった。

築100年超の古民家を改装
築100年超の古民家を改装
少し前までは居酒屋メニューも出していたが、最近は完全イタリアンに振り切った
少し前までは居酒屋メニューも出していたが、最近は完全イタリアンに振り切った

 「まあ忙しかったですねえ。睡眠3時間で生きていました。若かったからどっかおかしかったんでしょうね」と、かつての自分にドン引きするマスター。
 実は、料理人というよりバリスタが本筋の仕事。さらに言うと、もともとは泉佐野市の税務課で働いていた元公務員。37歳の頃、定年まで役所勤めをする自分の未来像がどうしても描けなくなり、「好きだったコーヒーの道を極めたい」と週末はカフェのスクールに通学するように。イタリアでもコーヒーの修業を積み、コーヒーマイスターや、エスプレッソの世界基準の資格なども取得した。

カウンターもあるので1人客も多い
カウンターもあるので1人客も多い
ワインにも詳しいマスター。ジンファンデルなど赤も白も泡も豊富
ワインにも詳しいマスター。ジンファンデルなど赤も白も泡も豊富

 2009年、ついに約20年勤めた役所を退職し、翌年には「インコントロ」をオープン。当時はイタリアンの料理人を雇用し、自身はカフェ担当のバリスタとして立ち回っていたが、スタッフの退職を機に14年に一旦閉店。「これからは小さな店を一人で切り盛りしよう」と、本庄の路地裏の古民家に「燈」をオープンした。料理修業は特に積んでいないが、持ち前のオタク的な(?)探究心で徹底的にイタリアン全般のレシピを体得し、パスタはもちろん、パテやサルシッチャといったシャルキュトリー、フォカッチャなどのパンまで全方位のメニューを作れるように。「自分が料理人になるとは思っていなかった」と本人が一番びっくりしているそうだ。

前菜盛り合わせ990円。2人前でこの価格
前菜盛り合わせ990円。2人前でこの価格
アンガス牛のサーロインステーキ(写真はおまかせコースのポーション)
アンガス牛のサーロインステーキ(写真はおまかせコースのポーション)

 ともあれ、品書きには「鶏レバームースのクロスティーニ」「鶏モモのインパデッラ」「鴨胸肉のクロカンテ」「小アジのカルピオーネ」など本格的なイタリアンの品々が並ぶ。そして安い。鶏レバー云々も小アジも490円、一番高いアンガス牛サーロインステーキでも2300円……。

「案外イタリアンに行くとマンマの味ってないんですよね~」と作ったラザニア。ムチムチ生地にボロネーゼがみっしり、食べ応え満点
「案外イタリアンに行くとマンマの味ってないんですよね~」と作ったラザニア。ムチムチ生地にボロネーゼがみっしり、食べ応え満点
おまかせでオーダーもでき、その日の旬の食材で色々作ってくれる。写真は、高知県産マスクメロンと生ハム、ホルモントマト煮込みなど
おまかせでオーダーもでき、その日の旬の食材で色々作ってくれる。写真は、高知県産マスクメロンと生ハム、ホルモントマト煮込みなど

 少し前の日本かと疑うぐらいの価格設定だ。前菜盛り合わせは2人前990円で、これだけでワイン2杯はいけるぐらいの盛りっぷり。もちろん、料理は仕込みから膨大な手間と時間をかけている。鶏レバーは新鮮なうちに血の塊を徹底的に除去するため、「臭み消しの牛乳を使う必要がありません。お湯で何回も洗って、卵と一緒にフードプロセッサーにかけ、焼いてからさらに生クリームを加えてムース状にします」とのこと。気が遠くなるような工程!だからこそ濃厚な肝のコクとまったりした口当たり。と思えば、アンガス牛の肩ロースは表面に焼き色を付け、アルミホイルに包んで余熱で仕上げて完成。調味料も岩塩だけとシンプル。手間をかけるべきところにはかけ、素材を活かしたい時は手を加えすぎず。足し算、引き算の緩急の付け方が巧みなのは、税務課出身ならではの数字への慣れか……?

マスターの鳥越さんはとても穏やかな人!
マスターの鳥越さんはとても穏やかな人!
エスプレッソ(300円)
エスプレッソ(300円)
大人のティラミス(600円)
大人のティラミス(600円)

 そうそう、マスターの真骨頂、エスプレッソは絶対味わっておくべき。そしてそれを使ったティラミスも。「本来イタリアのエスプレッソはロブスタ種の豆がメイン。日本ではフルーティーなアラビカ種が好まれますが、ロブスタの方が味に重厚感が出ます」。確かに、ズシンと来る苦みが「わ~本場の味!」(行ったことないけど)。そしてマスカルポーネが香るティラミスとの相性が絶妙。あまり表立ってはアピールしていないが、皆さん、燈で酒ばかり飲まずに、マスターの〝本業〟をしっかり堪能するように。

本庄レトロ 燈
大阪市北区本庄西1-13-1 電話06(7164)7740
午後5時~深夜0時(午後11時30分L.O.)、不定休

猫田しげる 20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」などで記事執筆。めったに更新しないブログ 「クセの強い店が好きだ!」もどうぞ。SNS苦手。