地域

ふっくら焼きサバと甘酢の魔法  名物の〝焼鯖棒寿司〟と〝おしどり夫婦〟 野田阪神の天武亭「征家」

 大阪・野田阪神の一角、小さな〝のれん〟をくぐると、香ばしい焼き鯖の香りと、笑顔の女将が迎えてくれる。こぢんまりとしたこの店は夫婦で切り盛りする、天武亭「征家」。「名物は、ふっくらと脂が乗った焼き鯖と酢飯の相性が絶妙な「焼き鯖寿司」だ。

大将の榎本征夫さん(右)、女将の牧子さん
大将の榎本征夫さん(右)、女将の牧子さん
焼き鯖寿司には榎本さんの手書きのお手紙が添えられている
焼き鯖寿司には榎本さんの手書きのお手紙が添えられている

 料理を担当するのは、オーナーで料理人の榎本征夫さん。小学生の頃から料理番組を見て自ら包丁を握っていたという。専門学校を経て京都で和食を学び、修業を積んだ。後に母が商店街で営んでいた天ぷら屋や弁当屋を手伝いながら、家族でこの小料理屋を始めた。
 焼き鯖寿司との出会いは、福井出身の客の土産がきっかけ。「この味、家でも再現できるかも」。京都で学んだ技術をもとに、独自の焼き鯖寿司が誕生した。

 店のもう一人の柱は、接客や配達を担う妻の牧子さん。料理には触れないが、経理から買い出し、家事まで店を裏から支える。「自由にさせてもらってるから、ストレスは少ないんです」と笑うが、20年以上の付き合いを経て結婚。今では店の〝顔〟でもある。

脂ののったサバを焼き上げ、シャリはサバの味に合うように調整。甘酢生姜(ガリ)を挟んでアクセントに。手土産にも喜ばれる。価格は2000円
脂ののったサバを焼き上げ、シャリはサバの味に合うように調整。甘酢生姜(ガリ)を挟んでアクセントに。手土産にも喜ばれる。価格は2000円
思ったよりボリュームのある「焼鯖棒寿司」。食べやすいように縦にも包丁を入れる心遣いがうれしい
思ったよりボリュームのある「焼鯖棒寿司」。食べやすいように縦にも包丁を入れる心遣いがうれしい

 夫婦といえど、最初から息が合っていたわけではない。「店の2階で暮らしているのですが、腹が立って自宅に戻らず、店の椅子を並べて寝たこともある(笑)」と榎本さん。

 「私も言いたいことが言えずに押したことありますよ」と牧子さんも苦笑する。そんな衝突も、お客さんには決して見せないのが二人の信条。
 「でも、ホールでお客さんに向いているときは笑顔なのに、こっちを向いたら鬼の形相。客には見せないところが、ほんまプロやなって思います」と榎本さんが語るように、牧子さんのスイッチの切り替えには、いまでも感心するという。

 コロナ禍で営業自粛に追い込まれ、3年間ほとんど店を開けられなかった。それでもテイクアウトや配達を工夫しながら商売を継続。そのとき、焼き鯖寿司が店を助けてくれたという。「妻が毎日そばにいてくれることも何よりの支えだった」と夫は振り返る。

 そんな夫婦の姿は、地域でも親しまれている。野田阪神商店街の阿波踊りやハロウィンイベントにも積極的に出店し、焼き鯖寿司を通じて地域の人々とふれ合ってきた。

週替わりで内容が変わる本日のランチ1200円。お造りやだし巻き、季節の小鉢などボリュームある内容。これにミニデザートもつく
週替わりで内容が変わる本日のランチ1200円。お造りやだし巻き、季節の小鉢などボリュームある内容。これにミニデザートもつく
常連客がキープするお酒の棚。店主によると「良いお客様が多い」とか
常連客がキープするお酒の棚。店主によると「良いお客様が多い」とか

 「イベントに出ると、初めてのお客さんと出会える。それがまた楽しいんです」と女将。
「うちは利益よりも、料理の質とお客さんとの信頼を大事にしたいんです」。狭いながらも、この店には確かな味と、家族の物語がぎゅっと詰まっている。
 店の前にある手作りの〝のぼり〟や手書きのメニュー、店の外観にまで宿る温かみ。その風合いに引かれて通りかかった人がふらりと立ち寄ることも多いとか。

 牧子さんは、ふと笑ってこう付け加えた。
 「うちの人、口は不器用やけど、料理だけはほんまにうまい。なんやかんや言うても、この人ならおいしいもん作ってくれるって思えるんです」

■天武亭「征家」/大阪市福島区大開1─17─4/電話06(6468)3345/午前11時30分~午後10時、月曜定休