こんなところに名店が「灯台もと旨し」
猫田しげる
知らずに暮らしているなんてもったいない!あなたの街の、あんなイイ店、こんなイイ店。「入りづらい」「高そう」「怖そう」? 大丈夫!グルメライター猫田しげるが、扉を開ける一歩をお手伝いします。
「料理ジャンルはイノベーティブです」とオーナーシェフの白石涼海さん。食にあまり精通していない人にとっては「??」かもしれない。簡単に説明すると創作料理というところか。まあ食べてみよし、としか言いようがない。



外観はどう見ても和食店。一直線に伸びるカウンターには、折敷(おしき)と箸が整然と並ぶ。メニューはコース1本で、1~2カ月ごとに料理が変わり、献立がないので何が出てくるかお楽しみ。まずは先付。一見普通の茶碗蒸しだが……中はペンネにモッツァレラチーズ、ベースもトマト風味! その後はパッションフルーツソースでいただく岩牡蠣(がき)とジュンサイと、これも度肝抜かれる取り合わせである。


驚愕(きょうがく)するのが八寸。バルサミコ鯖寿司(さばずし)に、鳴門金時のミント煮、蛤(はまぐり)ピスタチオ焼き、蒸し鶏、手長海老(てながえび)の素揚げスパイス掛け、黒豆のエスプレッソ煮……と、カタカナだらけで「和食ですか」なんて言葉はもう出てこない。ピスタチオ焼きは修業先だったシチリアの名物・ピスタチオを使った得意料理。ピスタチオのペースト、炒ったピスタチオ&ガーリックをのせた貝を殻ごと焼き上げる。蛤の香りとニンニクの香味、ピスタチオの軽快な食感が一体となり、これまでに味わったことのないコラボレーション。これは、日本酒というよりワインだな。と白石さんの胸元を見ると、ソムリエバッジがキラリ。「2年前に取得したんです」。となれば、鯖や貝に合う白をチョイスしてもらってアペタイムだ。この八寸だけでワイン2杯は飲めそうなので、次の料理に進めず困る。


そうそう、白石さんの経歴。出身は神戸だがルーツは長崎。「祖母が料理店を経営していた影響もあり、小さい頃から料理するのは当たり前の環境で。幼少時代から千切りが得意でした」という筋金入りである。洋食からスタートし、のちにイタリアンに傾倒、30歳でイタリアへ。シチリアやパルマのミシュラン掲載店での修業を経て、帰国後さらに腕を磨いたという。2013年、イタリアンと和を融合させた「イタリアン割烹(かっぽう)海」をオープンしたが、より自由な料理がしたいと20年に屋号を改めた。

箸休めとして供(きょう)されるのは、どら焼き……!? 実はこれ、「うみ」のスペシャリテとも称されるフォアグラどら焼き。手焼きのモチモチした皮にキャラメリゼされたフォアグラがサンドされ、カリッとした食感が心地よい。自家製ジャム(この日はイチジク)か岩塩で味わう。華麗な九谷焼の皿で出てきたのは豚肉バルサミコ煮込み。肉料理はポーション小さめなのねと思いきや、「肉料理の前の肉です」と意味不明な説明(笑)。下のマッシュポテトにはセロリが入り、爽やかなアクセントにブラボーと喝采したくなる。
しかもまだ肉料理に行きつかないところがニクい。松茸のフライに黒枝豆と魚醤(ぎょしょう)、エキストラバージンオリーブオイルを合わせたペーストを添えて。「普通の人ならここまでお腹一杯になりますね」と言うが、だいたい普通の人だと思う。さらにパスタ、そうしてようやく肉料理の和牛炭火焼きがお目見え。挙句の果てに土鍋ご飯まで出てきてしまうとは、この店、フードファイター向けだろうか。食いしん坊の私としてはうれしいが。



コースはパンやデザートまで含めるとおよそ13皿という怒涛の品数。だが全く「飽きた」と思わせないのは、意外な食材を合わせたり、食感の変化を付けたりと、一口ごとに「未知の体験」を仕掛けてくるからか。神戸はもちろん、大阪、京都、さらには九州や北海道からの客も多いという。足を運べる人は良いが、やっぱ遠いわ~という人に朗報。黒豆エスプレッソ煮と、これも自信作のスイーツ「抹茶のテリーヌ」は通販可能。白石ワールドへの入り口として、お取り寄せしてみてはいかがだろうか。
■御料理うみ
神戸市中央区中山手通3-2-1 トア山手ザ・神戸タワー 111
tel.078(600)9168
18時~22時30分
日・月曜休
https://umikobe.com
猫田しげる 20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」などで記事執筆。めったに更新しないブログ 「クセの強い店が好きだ!」もどうぞ。SNS苦手。