こんなところに名店が「灯台もと旨し」
猫田しげる
知らずに暮らしているなんてもったいない!あなたの街の、あんなイイ店、こんなイイ店。「入りづらい」「高そう」「怖そう」? 大丈夫!グルメライター猫田しげるが、扉を開ける一歩をお手伝いします。
休日は若い女子が飲み歩き、ユーチューバーやライバー(動画配信者)が撮影や中継に訪れ、外国人もツアーで大挙する……。どこの話かと思われるだろうが、実は西成のこと。ここ数年で西成は、大阪を代表する観光地・飲み屋街・グルメタウンとなっているのだ。

そんな西成の新今宮駅前で12年前から営業する「八福神」。扉にはステッカーやら何かの試合のポスターやらがベタベタ貼られていて、入りづら~! 勇気を出して扉を開けるも、中にも招き猫やら謎のフィギュアやらがウジャウジャ並んでいて、本紙のセレブな読者層からはかけ離れている……と失礼なことを書いたが、実はここ、経営者や芸能関係者、ひいては映画監督、役者、モデル、有名配信者…と幅広い客層が訪れる店。お金のない人もある人も関係なし。楽しく美味しく飲みたい人は誰でもウェルカムなのである。

店主の森澤達郎さんは、どう見ても若いころヤンチャしていた顔。予想通り、新聞ではちょっと言えないようなハードボイルドな人生を歩んできたが、月の半分以上を出張で渡り歩いていた頃、「ウチ帰ったら子供に顔忘れられとってん。金儲けより大阪にずっとおれる方が大事やなって」、給料の良かった仕事を辞め、飲食店をオープン。えっ、調理経験あったんですかと聞くと「ないで! やけど大きいグループ企業で48店舗分のレシピやら原材料やらの管理もしてたから、うまいもん作る自信あってん」。テキトー大魔王か! でも豪語する通り、森澤さんが考案したメニューはどれも人が「うまい!」と感じるツボを突き、濃い味付けが酒飲みの心をつかんだ。品書きには、おでん、串カツ、ホルモン焼き、肉豆腐、鯖味噌煮、ラーメン……と、「誰もが食べたくなる日本の味」がズラリ。しかも豚ホルモン焼き385円、ハラミ495円など、フトコロに優しい。


驚くのが「モーニング」のドリンクが酒であるということ(!)。正確に言うと、11~15時にオーダー可能な「モーニングランチ」なるセットがあるのだが、名物の肉豆腐など12種のメインに、ご飯、みそ汁、酒が付いてくるのだ。西成は「朝食」に対する認識も独特すぎる。して、この肉豆腐、わっさり入った牛肉に、ふるふる食感の豆腐、継ぎ足しのタレもしみしみ。鍋にライスをダイブすればこの上ない幸せに浸れる。


しかし、単に安くて旨いだけの店ならいくらでもある。今回「八福神」を取り上げた理由は、森澤さんの人間性にあると言っても良い。こんなビジュアルだが(つくづく失礼)、こども食堂や就労継続支援B型事業所なども運営し、社会貢献に積極的。生きる上でのキーワードは「恩回し」だそうで、「してもらったことは必ず返す。自分だけでなくみんなが良くなるように考える。そうすれば自然と幸せが巡ってくるんです」。これも意外だが、森澤さんは西成の生まれではなく、いわば後から来た新参者。縁もコネもないこの地で商売をやるのは並大抵のことではなかったはずだ。「僕、人に頼むのがうまいんです」と謙\するが、森澤さんを兄貴のように慕う人の多いこと。「敵って、倒しても倒してももっと強い奴が現れるから、どこまでも戦い続けなあかんねん。でも倒すんやなく手を差し伸べると相手も敵じゃなくなる。そうやって敵を減らしていけば、戦わずに済む世の中になっていくんです」



最近は西成を舞台にした映画『西成金魚』を撮影、編集中。全員がノーギャラで(あのオール巨人師匠も)出演してくれているそうだ。公開は昨年だったはずが、延びに延びて来年夏予定とのこと。と思えば森澤さん、四天王寺の骨董市でフィギュアを売ったり、飛田本通にある屋台村にサテライト店「わくわく八福神」を出店したりと、寝る暇もなく動き回る。そんなことしてるからまた公開が延びるんじゃ……、と心配になるが、それはそれで面白そうなので、いいか。


■呑み処 八福神
大阪市西成区萩之茶屋1-4-1 太陽ビル 1階
tel.06-6575-9248
午前11時~翌5時
日曜休
猫田しげる 20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」などで記事執筆。めったに更新しないブログ 「クセの強い店が好きだ!」もどうぞ。SNS苦手。
