300坪の売り場に、さまざまな植木鉢が並べられ通路を作り、山のように積み上げられた商品のバリエーションに目移りしてしまう。豊中市にあるガーデン資材問屋「NOAH(ノア)」は、一般的な園芸店や植物を取り扱うホームセンターとは一線を画す、プロのガーデン業者が通う〝聖地〟だ。

同所は長らく「業者専用」の売り場だったがこのほど、一般客に開放した。1980(昭和55)年創業の老舗卸問屋が、なぜ今、路線変更したのか? そこには、植木鉢流通の現実と、創業者の熱い思いが交錯していた。
「見て、触って、すぐ持ち帰れる」展示販売を貫く理由
「うちのスタイルは正直、効率が良いとは言えないんです」と話すのは、NOAH代表取締役社長の山野井良夫さん。「一般の問屋の場合、カタログやウェブで注文を受け、メーカーから在庫を直接配送する取引で、合理的な方法なんです。でも、弊社は大量の商品を展示していて、スペースと管理コストがかかっている」。それでも、このスタイルを貫くのには理由がある。

「プロの方々は〝今すぐ必要〟なんです。お客さまとの打ち合わせで『この鉢がいい』と決まったら、翌日には用意したい。またカタログだけでは素材感や色味が分からず、本当は実物を見て触って、イメージを固めたい。そういったニーズに応えてきました」
このビジネスモデルは、創業者である山野井さんの父の体験から生まれたものだ。かつて花店で働いていた彼は、「植木鉢を〝1個から卸値〟で購入できる場所があれば、どれだけ便利か」と痛感したという。同業者も同じ悩みを抱えていることを知り、「ならば自分が作ろう」と決意し、同所を創業。この思いが引き継がれ、今では約200以上のメーカーと取引する日本一の品揃えを誇る問屋へと成長した。
プロ専用を一般開放したきっかけ
「創業時から業者の方だけという方針でした」と山野井さんは振り返る。同社は一般客向けの小売店「緑の雑貨屋」を運営しており、店員は植物の育て方などのアドバイスや商品提案を提供する。
一方で、問屋形態のNOAHはセルフサービスが基本で、顧客自身が商品を選ぶ。約1万点の多様な品揃えから目当ての商品を探すという宝探しのようなスタイルが、SNSや動画を通じて注目を集めた。加えてコロナ禍以降の「インテリアグリーン」ブームや業者を装ってまで来店する一般客などが急増、「それなら一般開放しよう」と、今日に至った。


「一般開放前後は正直対応に困りましたが、NOAHのことを知ってわざわざ来てくれたというのはうれしいこと。それに、大量ロットで仕入れた商品の中には、売れるまで時間がかかるものもある。そうした在庫を回転させる意味でも、一般の方にも販売する方針に切り替えることにしたんです」
方針転換は2024年末頃から徐々に始まり、今年2月に初めて「一般客向け商品10%オフ企画」を実施。結果、園芸業界の閑散期である冬場の売上がアップ。「プロの方々には当たり前の空間ですが、一般の方々は驚かれる。その反応を見るのも楽しいですね」と山野井さんはほほ笑む。
縮小する園芸業界を応援
近年のインテリアグリーンブームで、植物をより美しく見せるファッションとしての役割も認識されつつあり、植木鉢やガーテン資材への注目が高まっている。しかし、国内メーカー(特に信楽焼など)は縮小・撤退傾向の厳しい現実があるという。
「実際にやってみるとわかるんですが、植木鉢って綺麗に敷き詰められないからどうしてもかさばり輸送コストがかかる。特に海外からのコンテナ輸送は、植木鉢そのものよりも『空気を運んでいる』ようなもの。運送費が原価を上回ることもあります」

植木鉢の流通は非効率的で取り扱い業者は縮小傾向。だからこそ同所に存在価値があると山野井さんは話す。「お客さまの間口を広げることはもちろん大切ですが、日本のものづくりの技術を残したい。そのためには、作り手と使い手をつなぐ流通の役割が大切。NOAHで新しい可能性が生まれるかもしれない」。
今後のNOAH・緑の雑貨屋が目指す姿として、山野井さんは園芸業界の応援と底上げを挙げる。「植木鉢一つとっても、そこには作り手の思いや技術が詰まっています。それを多くの人に知ってもらい、園芸の魅力を広げていく。それが私たちの使命だと思っています」。


実際に店舗を訪れれば、圧倒的な商品の数に圧倒され、掘り出し物を見つける楽しさも味わえる。かつては「プロだけ」の秘密の場所だったNOAH。300坪の植木鉢テーマパークで、新しい出会いを探してみては。
■有限会社ノア/豊中市利倉3丁目12番3号/電話06(6867)4187