失語症の人に「話す力」を取り戻す支援 言語リハビリの〝空白〟を埋めるオンラインの挑戦

 4月25日の「失語症の日」にあわせて、全国18会場とオンラインをつないだ当事者・支援者による啓発イベントが開催される。言語障害のひとつである「失語症」は、脳卒中などの後遺症として発症するケースが多く、話す・聞く・読む・書くなどの言語機能に困難を生じる症状で、失語症の人は全国に50万人以上いるといわれている。その事実を知ってもらうために、2020年に「失語症の日」が制定され、毎年啓発イベントが行われている。

 医療機関での言語リハビリには健康保険が適用されるが、原則として利用できる期間は発症後180日間までとされている。それ以降のリハビリは保険外サービスに移行するため、経済的・地理的な制約から支援を継続しにくい人も多い。特に、地方では言語リハビリの専門職である言語聴覚士(ST)の絶対数が不足しており、支援の受け皿自体が限られているのが現状だ。STの専門職域は食べることも含まれており、高齢者介護や認知症の支援現場では嚥下(えんげ)障害などのケアに回るケースが多く、言語のトレーニングに特化した働き方ができないもどかしさを抱える言語聴覚士は多く、それが担い手不足の背景にもなっている。さらにSTは移動能力の自立に向けた専門職である理学療法士と比較しても人数が少ない。リハビリテーションは正確には「リ・ハビリテーション」に分かれ、人権復活を意味しており、作業療法士(OT)も加た3職種では「その人らしい暮らしを再構築すること」を共通の理念としている。それぞれの専門分野を簡単に説明すると以下のようになる。

言語聴覚士(ST)・・・「話す・聞く・食べる」ことに寄り添う言葉の専門家
理学療法士(PT)・・・「動くこと」にフォーカス、基本的な運動能力の専門家
作業療法士(OT)・・・応用運動やその人に必要な動作の専門家

項目ST(言語聴覚士)PT(理学療法士)OT(作業療法士)
対象とする機能話す・聞く・食べる・考える立つ・歩くなど身体の基本動作食事・着替え・仕事など日常生活全般
主な対象者失語症、発達障害、嚥下障害、聴覚障害、失語症、高次脳機能障害など麻痺、骨折、※術後廃用のリハビリなど身体・精神・発達・高齢による生活のしづらさ
リハビリ内容言語訓練、構音訓練、嚥下訓練、記憶訓練など歩行訓練、筋力・バランス訓練、可動域改善など応用動作訓練、作業活動、精神的サポートなど
活動場所病院、施設、訪問、学校、ことばの教室など病院、施設、訪問、通所、在宅など病院、施設、地域、訪問、学校、行政など
有資格者数
(おおよその人数)
約3.6万人
(2023年時点)
約19.5万人
(2023年時点)
約10.4万人
(2021年時点)
各専門職の特徴や有資格者数。言語聴覚士は理学療法士の1/5以下の有資格者数になっている。
※術後の廃用・・・活動の低下や寝たきりなどによって二次的な障害で、サルコペニア、ロコモティブシンドローム、フレイルなど。脳卒中や高齢者に多い骨折後などに起こりやすいといわれている。

 言語聴覚士ができるケアは幅広い。例えばコミュニケーションに苦手意識があり、復職支援や就労支援事業所を利用している人も積極的に利用したいサポートだが、「言葉が出にくい」「会話がうまくいかない」と感じた人がまず向かう先は、民間の話し方教室や発声トレーニングなどになることが多い。しかし、これらのサービスは脳に損傷があったり、生まれつき脳の特性がある人に向けたサービスではない場合が多く、失語症の人が必要とする「言葉にするためのトレーニング」とは段階も場合によっては方向性が異なることもある。その結果、支援の“ミスマッチ”が生じやすく、適切な支援を受けるまでに時間がかかることも少なくない。

 このように言語聴覚士が「言葉の専門家」として活躍できる場が極めて限定的になっている背景がある。そんな中、医療・在宅分野で20年以上にわたり、言語障害へのリハビリに携わってきた言語聴覚士の多田紀子さんは、医療の分野を飛び出し、当事者の発信を展開するNPO法人Reジョブ大阪(りじょぶ)を2018年に、オンラインを利用した自費の言語リハビリサービス「ことばの天使」を2019年に立ち上げた。多田さんには「誰もがもっと身近に、正しい言葉の訓練を受けられる環境をつくりたい」という強い思いがある。

 そんな多田さんがオンライン言語リハビリの利用者であった石渡達也さん(現在りじょぶ理事)と3月25日、協働プログラムを発表した。

NPO法人Reジョブ大阪理事長・ことばの天使株式会社代表の多田紀子さん
3月25日、厚生労働記者会会見室で行われた記者会見

 開発中のアプリは、失語症の当事者が「言葉にして話す」練習(スピーチ)に特化しており、AIによる対話型トレーニングに加えて、定期的に言語聴覚士による個別のオンラインサポートを受けられるのが特徴で、国内初のAI実装アプリ開発だ。これにより、支援が届きにくい地域に暮らす人や、通院が困難な人でも、オンラインで対応することで日常の中で継続的に訓練を行うことができるという。

 きっかけは石渡さんが45歳の時に発症した脳出血により、言葉を失ったこと。それまで「ロジカルで端的」な言葉を駆使して、毎日プレゼンテーションをしていた程のビジネスマンだった石渡さんが「言葉が出ない苦しみ」に絶望した経験だった。失語症に苦しんだ当事者として共通の知人を介して出会った石渡さんが多田さんのオンラインの言語リハビリを受け、言葉を取り戻していく過程でAIによる対話型のトレーニングの開発に着手していった。

 現在、AIを活用した言語リハビリアプリ「スピーチリンク」の開発に取り組んでおり、その資金を募るクラウドファンディングを実行中。既に4月18日時点で第一目標の200万円を達成し、ネクストゴールの350万円を目指している。

 「ことばを取り戻すことは、人生を取り戻すことにつながります。ひとりでも多くの人に、この支援を届けたい。最近では医療から社会モデルと言われるようになってきました。症状や病名ではなく、困りごとから支援につながるように変えていけたら」と多田さんは話している。失語症の日イベントの詳細とクラウドファンディングの情報は以下で確認を。

■失語症の日イベント(4/25~27開催)
https://peraichi.com/landing_pages/view/425/

クラウドファンディング概要
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