8月の戦争関連ドキュメンタリー番組は多いが、昭和100年で既に戦後81年となり自身の従軍経験を赤裸々に直接語れる体験者はめっきり減った。カンテレのザ・ドキュメント「父は戦争を連れて帰った」(28日深夜1時15分)は、せっかく戦地から復員しながら定職に就かず酒に溺れ家庭内暴力を振るい続けたまま自ら命を絶った父親を持った戦後生まれの女性にスポットを当てた内容。この女性を通じて、旧日本軍にもPTSD(心的外傷後ストレス障害)のトラウマを抱き苦しんだ兵士が数多く存在した事が次第に明らかになっていく。

この女性は大阪市内でカフェを営む藤岡美千代さん(67)。戦後14年たって鳥取で生まれた藤岡さんの幼児体験は酒に酔って自分や兄に暴力を振るう父の鬼のような形相。やがて母は離婚、彼女が9歳の時に父が47歳で自死した事が伝わったが、彼女の率直な反応は「ホッとした」という壮絶なものだった。

長じて「父の死は冷たく接した自分のせいでは?」と悩んだ藤岡さん。やがて、ふとした事で「PTSDの日本兵家族会」の存在を知る。黒井秋夫代表(78)も同じような父の暮らしぶりに苦しめられた子どもだった。現代のベトナム戦争における帰還米兵やロシアのウクライナ侵攻での両国兵士のPTSD治療が話題となるが、戦前の日本軍は〝神州日本〟を守る皇軍で屈強な心身が建前だったことから「弱さを見せる事は恥」とされ、こうした心を病む兵士の存在はけっして表沙汰とはならなかった。

改めて父の軍歴や戦後のシベリア抑留の事実を取り寄せた資料で知った藤岡さんは亡き父親の足跡を求め、シベリア引揚船が着いた京都・舞鶴港を訪れる。

担当の竹下洋平ディレクターはここ数年毎年のように終戦企画に関わってきた。「戦後81年たっても復員兵のPTSDトラウマは〝家族の恥〟として遺族が隠す事も多い。これは世界各地で紛争や侵攻が続く現代の問題であり、決して過去の出来事ではない。私は当事者の復員兵だけでなくようやく再会を果たしたはずの家族や子々孫々まで深い傷を残している事実を伝えたかった」と話している。
(畑山博史)
