(歌人・高田ほのか)
2018年、大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)は民営化という大きな舵をきった。そのとき、新しいトップにと白羽の矢が立ったのが河井英明社長だ。
河井社長は山口県で生まれた。「自然に囲まれた絵に描いたような田舎で育ち、両親からは『人として正しいことをしなさい』とだけ教えられました」。内に志しを秘めた、正義感の人一倍強い子ども時代だった。
田舎に育ったためか、高校生のころから「自分の知らない大きな世界を見てみたい」という思いがふくらんできた河井社長は東京の大学に進学。しばらくすると、「次は世界を見たい」と思うようになり、アルバイト資金で海外を回った。仕事も海外でとの思いを強くし、パナソニックに就職。当時買収したアメリカの会社に資金を管理する立場で出向する。
河井社長いわく、「親会社の関与を嫌っており、全くもって招かれざる客状態」で、上司や同僚たちからは受け入れてもらえない日々が続いた。「出向したのは私一人。努力を日本にいる上司が見てくれるという環境でもない。正直、くじけそうなほどつらい時期もありました。それでも早朝から夜遅くまで日々懸命に働きました」
すると、2年経ったころから「こいつは親会社のためではなく、この会社のため懸命にやっている」ということが伝わりだす。「そのあたりから、声をかけたり食事に誘ってくれる人たちが増えました。素直な心で相対し、行動で示せば、国柄に関係なく心は伝わるのだと実感しました」。時間をかけて積み上げた正しい努力。おだやかに語る河井社長の目は、孤独に真向い、苦難を抱きしめた者だけがもつ深淵を湛える。
新しく船出したOsaka Metroは、「大阪から元気を創りつづける」を企業理念に掲げる。「多様な人と人、人とモノ、人とコトが出会い、感動を与えられる、大阪の『活力インフラ』になりたい。相手の心を動かすためには、やはり私が素直な心で相手と接すること。そうすることで、一人ひとりが仕事にわくわく取り組むことができる。そうして合わさった力で、地元である大阪から社会や経済を発展させていきたい。新しい風は、これまで会社を守ってきた人からしたら違和感や反発もあるでしょう」。けれども、何度か同じ経験をした河井社長は知っている。
「一所懸命取り組む姿勢は、必ず伝わるんです」
2025年に開催される大阪・関西万博の地、夢洲。その夢洲につながる大阪港駅は、中央線唯一の海を臨む地上駅として〝海〟がデザインコンセプトになっている。4月、大阪港駅の展望デッキに立つと強い向かい風が吹いた。そこから伸びる夢洲への線路は、河井社長の素直な心をまっすぐ描いているようにみえた。
【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版) 。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)