【9月は防災月間】繰り返す災害 備えたい確かな情報源

東海新報 鈴木英里

 「なんで俺たちの言ってきたことが伝わってへんのや……」

 阪神・淡路大震災の被災地・神戸在住の男性から、そんなふうに言われたことがある。

 東日本大震災の発生当初は、特に阪神・淡路の被災者らが「当時の経験を生かして」とか「あの時の恩を返したい」と語り、数多く東北へ支援に入ってくれていた。

 一方、阪神・淡路の体験や失敗から得た教訓が、東北の被災地では〝まったく生きていなかった〟ことも浮き彫りになった。その人は三陸を訪ねる中でそのことを痛感し、強い虚無感を吐露したのだった。

 うなだれるしかなかった。過去の災害を完全に他人事として無視していた結果、私たちはおよそ2万人もの命を失ってしまったのだと。

 そして今、彼と同じように忸怩たる思いを抱えている。日頃からの備えや、迅速な避難、避難所運営のあり方についての知見が、全国の被災地で反映されていないことに。「なぜ人はこうも、同じような失敗を繰り返してしまうか」と。

2011年3月11日の東日本大震災発生から今年で15年が経過した

 いまや毎年のように大規模な自然災害が起きる。ここ10年だけ見ても、震度6以上の地震発生は20回近くを数えた。2018年の大阪府北部地震もそうだ。

 温暖化によって洪水や土砂崩れなどの発生頻度は増し、さらには「激甚化」もしている。千葉や北陸の大雨被害は人ごとではない。やがてこの国では「被災地でない」地域を探すほうが難しくなるだろう。

 気候変動の影響は、予期せぬ災害発生にもつながる。

 皆さんは昨年2月、岩手県大船渡市で大規模林野火災が発生したことをご記憶だろうか。出火から鎮火まで40日間を要し、市の面積の1割を焼き尽くすという、平成以降で国内最大の被害をもたらした大火災である。あれも実は、気候変動による異常な少雨、乾燥状態が延焼拡大の背景にあった。

 津波で被害を受けた地域が、今度は大規模火災に見舞われた。災害はいつ・どんな形でやってくるか分からない

 恐ろしいのは、津波で被害を受けた人たちが今度は焼け出されるはめになった点だ。

 〝未曾有の大災害〟と呼ばれた東日本大震災を経験した私たちは正直なところ、今後しばらく……数十年ぐらいは、天災に遭うことはなかろうという淡い期待を持っていた。そんなことはなかったわけだ。

 熊本地震もそう。16年にあれほどの被害を受けた県が、それからわずか10年でまた大打撃を受けるなどと誰が予期したろう。

 「災害は人も時も選ばずにやってくる。お目こぼしなどない。ただ無情に、突如としてやってくる」――そういうものなのだ。

 しかしそんな状況にあっても、「防災」とか、「次なる大災害に備えよ」といったテーマの記事が、好んで読まれることはまずない。

 それは大抵の人にとって〝そりゃいつかは来るかもしれないけれど、今はとりあえず考えたくない〟事象であり、そんなものが身近に感じられるようになったら、それこそ終わりだというような、本能的に避けて通る話題なのだ。「正常性バイアス」と呼ばれる、ごく自然な心の働きである。

 それでも「自分ごとにしてほしい」と、誰かが倦まずたゆまず発信し続けねばならない。日本が「災害大国」である以上。

 さて、大阪府で発生する可能性が高く、大きな影響が懸念される主な自然災害は、大規模な風水害(高潮・洪水)と、大地震だ。

建物の耐震化等が進んだ現在、都市部の人は避難所へ行かず「在宅避難」する可能性もあるだろう。水や食料、蓄電池など、当面のあいだ家族だけで生活するための備えは、すでにされていることと思う。

しかし実は災害時、最も欠かせないのは「情報」である。どこへ行けば物資が手に入る?給水車はどこに来る?受診できる医療機関はある?など、生きるための情報をキャッチする手段は、平時から確認しておくことが肝要だ。

震災直後、食料や日用品を求めて店先には長蛇の列ができた。災害を生き抜くためにも、情報を得る手段の確保が必要だ

 SNSは便利だが、災害時は必ずデマの温床となる。公的機関のほか、裏付けをとって発信している確かな情報源を確保していただきたい。大阪日日新聞などはその最たるものの一つではないか。電気も使わず、バッテリーも消費せず、何度でも読める新聞の利点がそこにはある。

 生成AI全盛の今、まことしやかなデマが瞬く間に広がる。都市部であればあるほど(つまり視聴が見込まれる対象が多いほど)、それはセンセーショナルな内容になるものだ。非常時に、その選別、真贋の判定に振り回されることがないよう、信頼できる媒体を見つけていただくことが、まずは防災を考える第一歩となろう。

【プロフィル】すずき・えり 岩手県大船渡市にあり、同市と陸前高田市、住田町の2市1町をエリアとする地域新聞社「東海新報」社の代表取締役・記者。1979年生まれ。立教大学文学部卒。東京の大手出版社に5年ほど勤務したのち、生まれ故郷の大船渡市へUターン。2011年の東日本大震災発生当初から、岩手で最大の被災地となった陸前高田市の取材を担当した。2020年から現職。

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