政府は3月31日、武力攻撃や大規模災害を見据え、「緊急事態を想定した避難施設(シェルター)の確保に関する基本方針」を閣議決定した。2030年末までに、市区町村単位で全住民の収容を目標に掲げ、都市部では地下鉄や地下施設、民間地下空間の活用を含めた「緊急シェルター」の整備を加速させる方針だ。この国家プロジェクトの技術的支柱として、シェルター用換気装置を開発するヤブシタグループの森忠裕社長に、整備の核心を聞いた。(佛崎一成)

―今回の閣議決定をどう受け止めたか。
国が本格的に予算を投じ、国民の命を守るために100%の収容を目指すと明言した意義は極めて大きい。これは単なる方針ではなく、国家としての意思表示だ。一方で、その実現手段はまだ制度設計の途上にある。自治体支援や民間活用、補助制度の具体像はこれから詰められていく段階だ。
ただし方向性は明確になった。2030年という期限と市区町村単位での整備方針が示された以上、シェルター整備は検討段階から実行段階へ移行したと見ている。制度と予算が具体化すれば、整備は一気に加速する。今回の決定は、その起点になる。
―シェルターに設置する換気装置のメーカーとして、国の基準策定にも関わっている。
レジリエンスジャパン推進協議会の「災害大国日本における有事に備えた地下シェルターに求められる性能・仕様の在り方検討ワーキンググループ」に企業委員として参画し、構造・設備・運用の各側面から、有事に耐えうる仕様の在り方を検討している。構造分科会では耐爆基準、環境分科会では設備仕様の策定が進められており、当社の技術もその議論を支える要素の一つとなっている。
―御社の換気装置の市場の反応は。
国内のシェルターメーカーは、これまでスイスやイスラエル製を中心とした海外製品を採用してきたが、現在は当社製品への切り替えが進んでいる。
―それはなぜか。
性能に加え、リードタイムや保守体制を含めた総合的な対応力が評価されているためだ。加えて、換気装置の思想そのものに違いがある。
現在の世界標準は、核(N)、生物(B)、化学(C)に対応するNBC、さらに放射性物質(R)を加えたCBRN対策。しかし、決定的に見落とされているのが「一酸化炭素(CO)」だ。
―なぜCO対策が重要なのか。
ミサイルやドローンによる攻撃は爆発を伴い、火災を引き起こす。震災でも、多くの場合で火災が発生する。特に日本は木造建築が多く、大規模火災に発展しやすい。そのとき人を死に至らしめる最大の要因は、炎ではない。COだ。
―確かに。火災の死因で最も多いのがCO中毒だ。
COは無色無臭で、吸入すれば人体は急速に酸欠状態に陥る。血液中のヘモグロビンは酸素を運搬するが、COは酸素の200倍以上の強さで結合するため、ごく低濃度でも致命的になる。空気中のCO濃度が0.3%で頭痛やめまいが生じ、30分で死亡。1.28%を超えれば、1〜3分で死に至るとされている。
―国内外の換気装置ではCOは除去できないのか。
その通りだ。COは分子レベルで極めて小さく、従来のフィルターでは除去できない。
―どんな技術でCOを防いでいるのか。
グループ会社のプロテクトアーツが、名古屋大学と共同で「金ナノ触媒」を開発し、COを無害な二酸化炭素(CO²)へ変換している。フィルターで捕捉するのではなく、通過するCOに化学反応を起こし、無毒化する仕組みだ。金は通常安定した金属だが、ナノサイズになることで高い触媒活性を示す。この特性を利用し、低温環境でもCOを効率的に酸化し続けることが可能になる。
この技術を実用化・製品化しているのは、業界で我々だけだ。この根幹技術を備えなければ、COに対する実効性のある対策は成立しない。
今回の閣議決定では、自然災害時とのデュアルユースが明確に項目として位置付けられた。災害大国の日本では、各自治体が住民の安全確保を担う主体として、平時・災害時の双方を見据えた対策が求められており、CO対策の重要性は今後さらに高まっていくはずだ。

―閣議決定後は慌ただしくなりそうだ。
間違いなく動きは速くなる。明確な方針が示されたことで、整備は本格的に動き出した。制度設計が進めば、この分野は短期間で大きく展開すると見ている。
―市場が拡大すれば、参入企業も増える。
そこが分岐点だ。市場の立ち上がりとともに参入企業は増え、やがて価格競争や品質のばらつきが生まれる。問題は、その段階で基準を整備しても遅いという点だ。議論が混乱する前に、国民の命を守るために不可欠な条件を明確にしておく必要がある。
その一つがCO対策だ。これを標準仕様として定着させなければ、実効性のあるシェルターにはならない。
―今後の展開は。
私の希望だが、スピード感のある大阪の自治体と組みたいと考えている。大阪はこれまで全国に先駆け、地方自治体としてさまざまな規制改革に取り組んできた。共にCO対応の換気装置のフィールド試験を一気に進められたらありがたい。
