【けいはん夢みらいびと】大ケガを乗り越えたブレイキン魂 寝屋川から世界の頂点へ、14歳の挑戦

(左)守口支局編集長U.K.(楠雄二朗)

B─Boy(ブレイクダンサー) 堀之口 昂太郎 さん

 本紙編集長であり「もりぐち夢・みらい大使」を務めるU.K.こと楠雄二朗は、この地域の最大の魅力は〝人〟だと語る。京阪エリアで活躍する人々に迫る「みらいびと」。今回は、世界を舞台に活躍する若きB─Boy(ブレイクダンサー)、堀之口昂太郎さん(14歳)。1月24日に開催された16歳以下の世界大会「アウト・フォー・フェイム(Out for Fame)」2on2(2人対2人)部門で見事優勝を果たした彼に、U.K.編集長がその情熱の源流と、怪我を乗り越えた奇跡の復活劇について迫った。(納島輝久)

好きな食べ物は「お母さんの作ったカレー」という堀之口さん

 ─ダンスを始めたきっかけは?

 3歳の時に、たまたまYouTubeでトップダンサーの動画を見て、自分でもやりたいと思ったのがきっかけです。まだオムツを履いているような頃だったんですけど、壁に向かって三点倒立をしたり、布団の上で逆立ちをしたりしていたんです。母から「危ないからやめて」って言われても、ずっとやっていましたね。それで4歳から香里園にある「GSBスタジオ」で本格的に習い始めました。音を的確に捉える「ミュージカリティ」と、パワフルな技を繰り出す「パワームーブ」など、ISSEI(イッセイ)さんのように、その両方を兼ね備えたスタイルになりたいと思って、練習してきました。憧れのShigekix(シゲキックス)さんは5、6歳くらいの頃に僕の通うスタジオに来てくれたり、バトルのジャッジ(審査員)をしてくれたりしていました。

 ─小学4年生の時に大きな試練があったとか?

 左肘を怪我しました。大技の「エアトラックス」を1日に100回くらい練習しすぎて、軟骨が剥がれてしまったんです。野球肘と同じような症状で、診断は「ステージ4」でボロボロの状態だと言われました。肋骨の骨を移植する手術も検討されるほどでしたが、母は「手術をするくらいならダンスをやめてほしい」と言っていました。でも、「片手でもやる」と言ってききませんでした。結局、成長期ということもあって様子を見ることになったのですが、1年くらい休んでいたら、剥がれた場所に新しい骨ができてきたんです。先生も「子どもの成長はすごい」と驚いていました。1年後の復帰戦、シゲキックスさんがアンバサダーを務める大会「ブレイキンサミット」の中学生以下のクルー(チーム)バトル部門で、「GSBスクワッド」の一員として優勝を果たしました。NHKでも取り上げてもらって、めちゃくちゃくうれしかったです。

 ─最近は一人で海外へ遠征しているとか?

 先日も韓国の大会があり、一人で行って現地の友達の家に泊まらせてもらったりしています。会話は翻訳機を使ったりもしますけど、ダンスという共通言語があれば、言葉が通じなくても伝わるんです。

 ─昂太郎くんにとってブレイクダンスとは?

 自分にとっては「人生そのもの」です。自分にはこれしかできないと思っているし、なくてはならない存在です。今後の目標は16歳以上のカテゴリーに上がって、世界で戦い、シゲキックスさんのようなレジェンドたちを倒して、世界一になることです。そして、ブレイクダンスを知らない子たちにも魅力を広めていきたいです。まずは2月28日~3月1日、東京で開催される「第7回 全日本ブレイキン選手権」を頑張ります。

優勝を果たしたアウト・フォー・フェイムでの堀之口さんの演技
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