近年、大都市圏では多くの鉄道事業者が保育所事業に参入し、鉄道高架下を利用した保育所が急増している。
関西では2015年4月に初めて京阪電鉄が淀駅(京都市伏見区)高架下に保育園を開園、以後も開園保育園が増加している。この状況にはどのような理由が挙げられるのだろうか。都会で働く親世代にとって通勤駅に近い保育所は確かに便利。一方で子どもが受ける騒音振動など環境面で不安もある。実際に現場に足を運んで検証してみた。(大阪国際大学/長尾 小奈実)

阪急電鉄神戸線の園田駅(兵庫県尼崎市)から徒歩約4分の高架下に2021年4月開園した「ricco 園田保育園」がある。同市初の高架下認定保育園で全長約100㍍の細長い敷地に園舎と園庭があり、園両側は車道に挟まれている。高架上は数分に1本程度の電車が通過しその度に走行音が響く。定員は90人で、現在は0歳児から5歳児まで79人が通う。園舎は汚れにくいフローリングと漆喰壁の明るい色で統一され、真ん中に真っすぐ伸びる長い廊下が目を引く広々とした空間。個々の保育室は他園と比べ、約1・5~2倍の大きさがあり伸び伸びとしている。それぞれの部屋には大きな窓が広がり、自然光が明るく差し込む。


実際に運営する上で感じるメリットとデメリットの話しを聞いた。橋本園長は「デメリットを感じる部分はない」と断言した。高架下独自の利用制限はなく保育自体の内容が変わることもないそうだ。デメリットについて「しいて言うなら…」と前置きし「平屋建てで階段がないこと」を挙げられた。私は「転落防止面から見てメリットでは?」と不思議に思ったが、乳幼児時期に大切な階段を使っての昇降練習ができないためだそうだ。
在園中の子どもたちの様子について同園長は「建物自体の防音、防振対策が十分されており、広い園庭もある。全てにゆとりがあり圧迫感もないので子どもたちは伸び伸び過ごす空間を常に確保でき、ストレスは感じられない」と説明。私の取材中にも電車が何度も頭上を通ったが、振動は全くなく音もよく注意しないと気付かない程度。見ると園児は電車通過を気にする事なくお昼寝していた。利用する保護者にとっても立地の良さは大きい。子どもを預けたその足で園田駅に向い、仕事帰りに保育園へ直行して一緒に帰宅できる。 駅や駅周辺にはスーパーやコンビニなども多く、買い物面でも利便性は優れている。
日本社会は少子化に歯止めが掛からず昨年の出生数は初めて70万人を割り込み過去最少となる見通し。高齢化も同時進行し都市の労働人口は常に不足、高齢者雇用や夫婦共働きは当たり前に。同時に片親家庭も増え続け未就学児童を預かってくれる施設増加ニーズは待ったなし。子ども家庭庁の調べでは昨春時点で認可保育園に入園できない待機児童は2567人で過去最少となった。待機児童数は年々減少、2017年の2万6081人から7年間で約10分の1になった。17年当時と比べ利用定員が約 38万人増加したことが大きい。今後取り組むべきは量的拡大の次の質的充実で、その点でも高架下保育所は十分理にかなった存在といえる。
鉄道事業者自体も保育所誘致はプラス。関西経済圏は首都圏や中京圏の一極集中型都市と比較すると、京阪神三都を軸に発展、しかもこれを結ぶ鉄道網はかなりの部分でJRと私鉄が並行し競合している。関西圏の通勤労働人口は年々減少していたがコロナ禍で在宅やリモート勤務の割合が一気に増し、多くの路線でコロナ時の減便策を引きずったままのため、さらなる利用者減の悪循環に陥っている。利用客を呼び戻し新たな需要を掘り起こす手だてとして、鉄道会社側も駅周辺活用で利便性を増し競合他社に打ち勝つ工夫を求められている。
国などの補助を受け、街を分断する鉄路を高架化あるいは地下化できるのは都市部の鉄道事業者にほぼ限られる。そこで生まれる高架下空間の細長い土地は住宅として活用することが難しいから公的活用では公園や駐車場、駐輪場など。民業では商業施設や倉庫、工場などに限定されてきた。駅ナカ利用を含め駅自体の魅力を増すことは、間接的にマイカー利用を減らすことにもなり環境対策上のメリットもある。高架下保育所のあり方を考えると様々なこれからの都市生活が透けてきた。