周年事業を大切にする演歌・歌謡曲の世界で〝デビュー25周年〟はもうベテランの域に入る。和装の演歌歌手、山口瑠美(44)はこれまで不思議にも音楽担当の私が一度も会ったことがなかった。もちろん存在は知っていて非常に高音部がきれいな声で「演歌はどうしても低音部の下から持ち上げるフレーズが欠かせない。むしろ華やかな歌謡曲の方が似合うのでは?」とずっと気に掛けていた。
プロの世界は非情でどんなに歌がうまく好きでも売れなければCDは出してもらえないし歌手も続けられない。山口県岩国市出身の彼女は幼い頃から歌がうまく15歳でその才能を認められ、都はるみを育てた名伯楽の作曲家、市川昭介(2006年、73歳で死去)に弟子入り。1999年のプロデビュー後は2015年に有線リクエストランク1位となった「呼子舟唄」のヒットもあったが、もっぱら都はるみが得意とした〝長編歌謡物語〟の世界で生きてきた。
19年「恋ひととせ」から翌年の「天気雨」、そして昨年「名もなき花」をへて今年の25周年記念曲「真昼の月」までの直近4曲は歌謡曲寄り。ミュージックビデオでも好きな着物とシックなドレスの両方が彼女の映像として登場する。曲調も歌謡曲にグッと寄せ得意の高音部を生かし切り耳になじむ。「ドレスで肩を出すのが恥ずかしいんで…」と少しテレながら笑った。
山内一豊の妻千代や坂田三吉などをテーマにした彼女の〝長編歌謡物語〟のファンは多い。名取を得ていて得意の小唄、日舞、剣舞の豊かな素養に裏打ちされたダイナミックな世界観で彼女の最大の特徴にもなっている。
新曲の和装の衣装は意外なところで見つけた。得意のインターネットで真っ白な麻の着物に袖口に黒のアクセントがある珍しいデザインの代物を発見。早速購入手続きを取ったがタッチの差で売り切れた後だった。諦めきれず店まで押しかけ直交渉、熱意で押し切って展示用に1着だけ残っていた現在の衣装を譲ってもらう事に成功した。「デビュー以来、衣装はずっと着物でしたからやっぱり好きです。今の歌謡曲っぽい歌は担当ディレクターさんも認めて下さっているので続けたいけど、衣装は着物がいい」と話す。
この年頃の女性には数少ないネット大好き人間でWEB制作も自身で手がける。コロナ禍最中は自分でユーチューブ発信して歌を届けた。英検2級で積極的に英会話、お酒もいける口で日本酒ソムリエ資格を持つなど多彩だ。
11月24日に生まれ育った岩国市の市民文化会館で初の単独コンサートを開く。亡き父親に「一人前になるまで戻ってくるな!」と東京に送り出され、10年前には同市観光大使にも就任したが「まだまだ!」とかたくなに開催を避けてきた。それが同級生や市内の後援者が広く市民に呼び掛けてくれて晴れの舞台が決まり、会館の一番広い大ホールが満杯になるまで券売も応援してくれた。「ありがたいですね。父が生きていればどんなに喜んでくれたことか…。当日は〝絶対泣かないぞ!!〟とまず心に決めています」と感激の面持ち。
(畑山 博史)