積水ハウスで家づくりの楽しさを伝える新たな取り組みが始まっている。従来の完成品カタログをもとにした画像中心の住宅販売ではなく、家づくりの過程で起こる人間の感情の起伏を捉えたドラマを伝えようとする取り組みだ。その手法は何と紙の本で、タイトルは「住まいと人生」。インターネット時代にあえてアナログで非効率な宣伝手法を選んだのはなぜなのか。企画者である同社の一級建築士難波守さんと、執筆した同社大阪中央支店営業の竹内宏さんに取材した。
カタログでは見えない面白さ伝える
あこがれの注文建築で家づくりをする際、設計事務所に頼むか、ハウスメーカーに依頼するか、2つの選択肢がある。前者は人で選び、後者は企業で選ぶわけだが、この違いは何だろうか。
記者のような素人考えで行くと、前者は芸術家とも言える住宅デザイナーの自由な発想をあますことなく享受できるところだろうか。一方、後者は安全面やアフターフォローなど大会社が持つ信頼だ。ただ、効率性や経済合理性など企業の規格に沿って建てなければならないから、ある程度の自由は犠牲になるかもしれない。両者の印象については、読者もこのような感覚を持っていることだろう。
「実は学生時代の私もそう思っていた」。こう話すのは、一級建築士として積水ハウスで住宅デザイナーを務める難波さんだ。しかし、実際に大企業の中に入った難波さんは、先入観を覆されたという。
アナログなやりとり
日本を代表する住宅メーカーの積水ハウス。世界初の連結超高層ビル「梅田スカイビル」の建築主として本社を構え、阪神淡路大震災では同社が建築した住宅約3万棟は、全壊また半壊がなかった。技術力の高さに定評がある。
ただ、これだけの巨大企業なら住まいも当然、工業化製品になりうる。ところが、「入社して驚いたのは、大企業なのに一から人間臭くものづくりをしていたことだった」(難波さん)。
施主との家づくりでは「間取りはABCのどのパターンにしますか」と効率的に進めてはおらず、未だに「1本の線を図面のどこに引くか」とアナログなコミュニケーションで、施主と一緒に家づくりを楽しんでいる。
「設計の2文字には『言う』という漢字が入っているが、まさに言い合う設計をしており、そこから無数のドラマが生まれている」と難波さんは説明する。
住まいづくりの過程 まるでドラマ
家づくりにはどんなドラマがあるのか。難波さんが設計に取り組んだ狭小住宅のエピソードを紹介しよう。
狭い土地に建てる住宅は、いかに空間を有効活用するかが重要だ。このため、難波さんは壁に向かって横一列に座るダイニングテーブルを計画。完成度の高いプランに満足していた。ところが、打ち合わせも終盤に差し掛かるころ、施主の奥さんの一言で大きな選択を迫られた。
「うちはお鍋をすることがあるんですが、壁に向かっていたら、みんなでお鍋をつつけませんよね。そういうときはどうしたらいいですか」
奥さんの言葉に「確かにそうだな」と納得する難波さん。しかし、プランの完成度は高く、今さらダイニングテーブルが置ける間取りにはしたくない。「もし、向かい合って座れるテーブルを置くと、間取りの他の部分に支障が来る」からだった。
そこで考えついたのが、可変型のダイニングテーブルだ。実際に取り付けてみると、いつもと雰囲気が変わり、祝いの時のような特別感が出た。家のつくりに家族が合わせるのではなく、家族に合わせて家が可変するアイデアだった。
別のエピソードもある。日当たりの良い南側が進入口となる住宅設計を担当したときのことだ。家の南側の間口は7㍍しかないのに、施主の要望はここに「大きな玄関が欲しい」「和室がほしい」「リビングもほしい」というものだった。
「すべてをかなえるのは難しい」と悩んだ難波さん。施主と問答を重ね、最終的に「玄関のドアって必要ですか」という奇抜なアイデアを思いつく。窓から入ると広い土間があり、土間には畳のボックスを置いてリビングに通じるようにする「玄関のない家」だ。
まさに、住宅の〝常識〟をベースにした工業化製品では実現できない発想だった。
「家づくりのプロセスはいつもドラマチックだが、消費者は『この場所にこのような家が建ちました』という結果しか見ることができない。完成までに繰り広げられる面白く魅力的なドラマをもっと共有したい」。難波さんはいつしか、こう考えるようになった。
2人の出会い
今から13年前、難波さんが企画した「住宅づくりのすべらない深い~話」というトークイベントで竹内さんと出会う。当時、2人は異なる支店で働いていた。ユニークな視点でこんなにも元気に活動している難波さんに、竹内さんは感動する。「リスペクトする思いは、今も変わらない」と竹内さん。
顧客の懐に入ることが得意な竹内さんが毎月顧客に送り続けていたニュースレター。それを読んだ難波さんは、文章のうまさに感激した。
竹内さんの文章力は無類の本好きから来ていた。外出時に本を携えない日はないという。「読書が楽しい」が何より本が好きな理由だが、「困難に遭った時も本は自分を支えてくれる。本にはそんな力がある」と竹内さん。
3年前、2人は同じ支店で働くようになった。「いよいよ私とお客さんとの物語を竹内さんに文章にしてもらおう」と難波さんの思いが固まった。物語となるお客さんの自宅へ繰り返し2人で足を運び始める。
早く伝えることができるデジタルで出版する案もあった。電車の中では、本を読む人はごく少数で、ほとんどの人はスマホを眺める。「でも、熱く思いを語りながら手渡しができる紙の本にしよう」と2人の意見は一致した。ついに本作りは具体的に動き出す。
「北の国から」が結んだ不思議な縁
2つの物語
こうして出来上がったのは2冊の本だった。タイトルは「住まいと人生」。1冊目は、テレビ番組「住人十色」にも取り上げられた阪南市の三木順平さん家族の家だ。冒頭のエピソードでも取り上げた可変式のダイニングテーブルを取り付けた狭小住宅はこの家のことだ。
2冊目は、日本中を感動の渦に巻き込んだ不朽の名作「北の国から」(1981年~)がきっかけとなった近藤政則さん家族との家づくりを取り上げた。
実は難波さんが建築士になったのは「北の国から」の影響だった。母子家庭に育ち、母の横で一緒にこのドラマを観て育った。いつしか主演の田中邦衛さんの演じる五郎さんを実の父のように感じるようになったという。
一方の近藤さんも、警察官として不器用にも真面目に生きてきた実父を五郎さんと重ねていた。不思議な縁で意気投合した2人の家づくりを取り上げているが、詳しくは本書に譲ることとしよう。
さらに、「北の国から」で雪子おばさんを演じた女優の竹下景子さんとの縁もでき、温かいメッセージが届く。全文は本書の後書きで紹介しており、装丁も雪花を連想させるデザインにしている。
意外な広がり
「本作りに共感いただいたある方から、著名な小説家のご家族をご紹介いただいた。建築地となる東京へ足を運び、すてきなご家族の新築工事が今始まっている。難波さんと本の出版を喜び合え、ご紹介いただけたことに感謝しています」と竹内さん。
「本が一人歩きして不思議な縁を紡いでいる。家づくりの神様が、今までにない出会いを引き合わせてくれるのかもしれない」と難波さん。
近年は無駄を省き、合理的で効率的な生き方が善しとされる傾向がある半面、生きづらさを感じる世の中になった。
こんな時代だから、あえて本というアナログな媒体を用い、心のコミュニケーションを図ろうとする難波さんと竹内さん。そこには計算されていない偶然の出会いや感動が生まれ、住まいづくりの新たな可能性を広げている。
建築家と施主のドラマを描いた本「住まいと人生」。希望者には3月31日まで無料でプレゼントしている。申し込みは電話080(6192)4664、積水ハウス大阪中央支店の竹内さん、または難波さんまで。メールの場合はhiroshit@hrp.sekisuihouse.co.jp