「枯れたはずのシクラメンが、この夏、三度目となる赤くてかわいらしい花を咲かせた」。そんな喜びの一報を編集部に寄せてくれたのが、大阪市城東区のモリタ食材開発研究所代表取締役会長、守田悦雄さんだ。守田さんは、天然甘味料「ステビア」を世界に先駆けて日本で企業化した人物でもある。
冬の花として知られるシクラメンが、なぜ真夏に――。興味を持った記者が尋ねると、守田さんは「社内で育てていた鉢植えのシクラメンです。冬に美しく咲き終えてから屋外に置いていたのですが、驚くことに35度を超える猛暑に息を吹き返した。『もう一度、元気になってくれたら』と室内に移して世話を続けたところ、繰り返し花を咲かせるようになりました」と教えてくれた。

1970年代初め、家業を継いで人工甘味料の事業に携わっていた守田さんが出会ったのが、南米原産の植物「ステビア」だった。当時の文献には「砂糖の約300倍の甘み」と記されていた。今では食品表示などで目にする「ステビア」だが、当時は世界でもほとんど知られていない植物だった。守田さんは商社を通じて原料を入手すると、種子を取り出し、自ら発芽させ、国内栽培を始めた。
ただ甘いだけではない。育てる中で、ステビアには甘味成分の違いがあり、品種によって甘みの質にも特徴があることに着目した。
「甘味成分は一種類ではありません。後味がすっきりした品種は飲料向きで、甘みが長く残る品種は漬物などに向いています」
品種改良を重ね、開発した優良品種には「和甜菊(ワテンギク)」と名付けた。食品メーカー向けには高濃度の原料を供給する一方、家庭向けには砂糖の約5倍の甘さに調整した製品を開発。飲料、漬物、佃煮、菓子などの商品企画提案、開発を通じてステビアの活用先を広げていった。
食品メーカーとの共同開発、商品企画提案などにも精力的に取り組み、ステビアの可能性を提案し続けることで、その名は少しずつ食品の原材料表示などを通じて私たちの身近なものになっていった。
「ステビアと出会って10年で世界へ広げる」
そんな目標を掲げ、食品メーカーや商社、大学などと連携しながら普及活動を展開。国内では北海道から九州まで栽培拠点づくりを進め、その後、台湾、中国、韓国、東南アジアへと栽培は広がっていった。宮崎県では地域振興作物として栽培が進み、農家にとって新たな収益源にもなったという。
「日本だけでなく、それぞれの国の資源として地域の発展につながれば、それが一番うれしい」
単に一つの商品を世に送り出すことが目的ではない。「生活のため」「成長のため」「社会への貢献」という三つの視点を持ち、三方良しに一つ加えて〝四方良し〟と〝忘己利他〟を心に刻み仕事に取り組む。植物を育て、それを使う人を増やし、産地を生み、地域の産業へとつなげていく。その先にあるのが、長年の経験からたどり着いた「点を線にし、線を面にする」という考え方だ。
「一つ一つの出会いや経験は点。それをつなげて線にし、その線をさらに広げて面にする。そうやって社会に役立つものを生み出していくことが大切だと思っています」
ステビアとの出会いも、最初は一つの「点」だった。それを研究や品種改良という「線」につなぎ、食品メーカーや生産者との連携によって「面」へと広げていった。

80代となった今も、挑戦する姿勢は変わらない。近年は生成AIも積極的に取り入れ、社内の情報や知識、また創業者の考えをまとめた〝生成AI活用の社内事典〟を完成させ、現在は写真作品の制作や情報発信にも取り組んでいる。
「新しい技術は、まず受け入れてみる。そして、社会に役立てることが大切です」
半世紀前、まだ誰も注目していなかったステビアに可能性を見いだしたように、新しいものに出会えば、まずその可能性を探る。そんな守田さんのそばで、猛暑を乗り越え、力強く返り咲いた一鉢のシクラメン。そこに共通点を見いだしてしまうのは、記者だけではないはずだ。
「植物にも、人にも、少し手をかけ、寄り添えば応えてくれる。その積み重ねが人生を豊かにしてくれると思います」
真夏に咲いた三度目の花。一度終わったと思われたものが、もう一度花を咲かせる。その姿は、半世紀にわたり一つの植物の可能性を信じ、育て、社会へ広げてきた守田さんの歩みとも重なる。
「人生には、何度でも花を咲かせる瞬間があるということ」
そう語る守田さんの笑顔は、夏の暑さにも負けず静かに花開くシクラメンのように、穏やかで力強かった。(西村由起子)
