創業140年の化粧品メーカー、新入社員に伝える〝おもてなしの心〟

茶室「桃美庵」で茶道研修に臨む新入社員たち。正座で所作を学びながら〝おもてなしの心〟に触れた=4月9日、大阪市中央区

 毎年4月、都心の至る所で、着慣れないスーツに身を包んだフレッシュな面々を目にする。そう、新社会人たちだ。入社式を終えて、新人研修まっただ中にある彼らは、慣れない環境による緊張や疲れを滲(にじ)ませながらもどこか誇らしげに闊歩する姿が好ましい。

 新人研修といえば、ビジネスマナーや業務知識の習得が中心となるのが一般的だが、近年はユニークな研修を用意する企業も増えている。2016年から体験型研修を導入している老舗化粧品メーカー・桃谷順天館(大阪市)は、その先駆けの一つだ。今年10人の新入社員を迎えた同社が、4月9日に実施した「茶道研修」を取材した。

 新入社員らとともに記者が案内されたのは、2016年に社屋内に設けられた茶室「桃美庵」。同年に茶道部も開設された。扉をくぐると、凛とした空気が満ちている。床の間には「一期一会」と書かれた掛け軸が飾られ、さりげなく生けられた季節の花と小さな香炉が華やぎを添える。少し緊張気味に入室する新入社員たちを、常務取締役の桃谷尚子さんが出迎える。

 「私の本日の役回りは亭主」「入室するとまず床の間を拝見するのがマナーです」「床の間に近い席から正座、次座」などと作法やしきたりについて、新入社員一人一人に語りかけるように説明する桃谷さん。座布団に正座し、居住まいを正して耳を傾ける彼らに「どうぞ足を崩してくださいね」と気遣いを見せる場面も。

 広報担当の中田千尋さんによるお手前が始まると、興味津々の新入社員たち。茶道の経験はもちろん茶室に入るのも初めてである彼らに対し、茶を点てながら一つひとつの所作を確認する中田さん。茶碗の持ち方、礼の角度、道具の扱い——。いずれも一見すれば些細な動きだが、そのすべてに意味があることを丁寧に伝えた。

 「大切なのは、うまくやることではありません。相手のことを思う気持ちです」

 そう語る中田さんの言葉に、その一挙手一投足に、新入社員たちは真剣なまなざしを向ける。慣れない手つきで茶碗を回し、和菓子を味わいながら、もてなされる側として懸命に「もてなす側の想い」を汲み取り、期待に応えたいと感じているのが記者には見てとれた。

 同社がこの研修で伝えようとしているのは、単なる作法の習得ではない。茶道の根底に流れる「和の精神」や「おもてなしの心」——すなわち、相手の立場に立ち、見返りを求めずに最善を尽くす姿勢だ。

 研修の最後に、新入社員に一言ずつ感想を聞く機会を得た。「新鮮だった」「身が引き締まる想い」「順天館の140年の重みを感じる経験だった」「〝全体最適〟を痛感。それぞれが協力、調和しあって心地よい状態を作り出す大切さ。仕事にも通じる」「茶道で感じられた喜び、うれしい気持ちをお客様にも届けていきたい」。

 その場にいたからこそ分かることだが、言葉だけでなくその表情も実に晴れやかだった。 一碗の茶を通して交わされた時間は、企業と新入社員の双方にとって、確かな学びとして刻まれたように見えた。(西村由紀子)

豊臣家の象徴「ひょうたん」をかたどった手水鉢が配された桃谷順天館の中庭。白砂と石組みが調和し、静謐な和の趣を演出している=4月9日、大阪市中央区
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