躍進の参政党〝キーパーソン〟梅村参議院議員に独占インタビュー!

参政党参議院国会対策委員長 梅村みずほ参議院議員
参政党参議院国会対策委員長 梅村みずほ参議院議員

 7月21日の参議院選挙で、参政党が大きく議席を伸ばした。中でもひときわ注目を集めたのが、梅村みずほ氏(46)。古巣維新を離れ、参政党で出馬し、21万票以上を集めて比例区トップ当選を果たした。選挙戦を通じて印象的だったのは、飾らない言葉と、まっすぐな姿勢だ。
 国会での魂を揺さぶられるような質疑応答の様子は動画サイトやSNSで拡散され、時に鋭く、時に感情のこもった語りに共感する声が相次いだ。〝永田町のタブー〟にも臆せず切り込む一方で、一つ一つの言葉を丁寧に選ぶ姿が話題を呼んでいる。
 7月5日、難波・髙島屋前で行われた大阪選挙区・宮出ちさと氏の応援演説では、1000人を超える聴衆が集まり、現場は熱気に包まれた。心ないヤジに対しても柔らかな笑顔で応じる姿が印象的で、政治家としての器の大きさもうかがわれた。
 地元大阪を拠点に活躍する同氏には本紙読者も高い関心を示している。そこで同氏に単独インタビューを行い、その人柄や考えに迫った。

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「褒めおしみをせず、褒めることが大切」

―政治家を志したきっかけは?

 私はごく一般的な主婦でした。選挙にも行ったり、行かなかったり。それよりも子どもの晩ご飯のことを考える方が重要で、毎日の暮らしでいっぱいいっぱいでした。
 子育てをしていく中で、いじめや虐待で命を落とす子どもたちに心を痛め、悲しい出来事を起こさせないためにはどうすればいいのか、考えるようになりました。伝えるべきことがうまく伝えられなかったり、伝えているのに上手く受け取れなかったりすることが一つの原因として考えられるのではないか。子どもたちに伝えることの大切さを広めていきたいと思うようになりました。大学の先輩にその話をすると「政治でやれば。あなたは向いてるよ」と。ドリフのタライが頭に落ちるような衝撃でした。
 それ以来、政治家を意識するようになり、見識を深めるため、唐の時代に呉兢(ごきょう)が編纂したとされる太宗(たいそう)の言行録「貞観政要(じょうがんせいよう)」などを読み、参考にしました。
 背中を押してくれた出来事は、息子が小1の時、学校が開いてくれた教育についての講演会の終盤、質問コーナーで、私は「どうすれば子どもが新しいことに挑戦するようになるのか?」と問いかけたところ、講師は「お母さん、まずはあなたが挑戦しないとね」。
 それで参院選出馬を決めました。そら挑戦しすぎやろ!って(笑)。夫には大反対されました。

―どうやって説得を?

 家庭内ではバトルがありました(笑)。じっくりと向き合い、ぶつかり合いながらも話し合いを重ねることで、分かってもらうことができました。
 今では夫が一番の理解者であり、一番の味方であり、一番の応援者。とても感謝しています。

―子育てについては?

 私が小学生のころ、社会見学で放送局に行ったとき、自由に話す機会を与えられました。局の方に「とてもいいね」って褒められました。国語の先生にも音読を褒められました。うれしかった。そんな小さな積み重ねが今につながっています。褒めおしみをせず、褒めることが大切。それは大人にとっても。
 子どもが小さかったころは、「今日は、いらんことしかせんかったなぁ」っていう日でも、どこか良いところを探して褒める〝褒め褒めタイム〟を毎日つくっていました。

―政治家としてあるべき姿とは?

 「世の人は、我を何とも言わば言え 我が為す事は、我のみぞ知る」 (坂本龍馬)*1。自分の目標に向かって進むためには他人の評価に左右されず、自分の価値観に基づいて行動し、その意味を深く理解することが大切だと思います。

*1 世間の人は、好き勝手に何を言ってもよい 自分がこれから成し遂げようとしていること、その意味を理解できるのは自分だけだ

―なぜ維新から参政に?

 日本維新の会からは戦力外通告を受けまして…、そこを拾っていただいたのが参政党です。まさに『捨てる神あれば拾う神谷代表あり』ですね(笑)」。縁は異なもの味なものといいますか、ご縁ですね。

―ぎりぎりまで大阪選挙区にこだわった理由は?

 大阪府民に選ばれた私のこの6年間の仕事ぶりを府民の方々はどう評価しているのか、審判をいただこうと強く思ったからです。
 本当にありがたかったのは、維新を離党してすぐ、有権者の方に「どこの政党でもええから出てや。選挙に出んかっても投票用紙には、梅村みずほって書くから」と言ってもらえました。同様の心強いお言葉を多くいただきました。
 京橋で橙(参政)の街宣車に乗り街頭演説をしていると、通りすがりの方から「みずほちゃん、なんで緑(維新)の車乗ってへんの? 今まで応援してたんやでぇ…」。それを聞いて胸が締め付けられる思いでした(できることならそうしたかった)。すると参政党の支持者の方が集まってきてくれて「梅村さん、(参政に)来てくれてありがとう」の声が次々と。うれしくて涙がこみ上げてきました。こちらこそありがとうって(涙)。
 大阪の人は温かいですね。距離感が近くフレンドリー。「ちゃんとご飯、食べてるか~」とよく声を掛けられます(笑)。
 ちなみに大阪でよく食べるのが食欲が無くても食べられるうどんと、いつでもさっと口にできるタコ焼きです。でも最近ビックリするくらい価格が高いですね。

―参政党入りでイキイキ?

 私はどちらかというと保守色が強く、以前は少し発言をセーブしていたんですが、参政党では言いたいことが言えてノビノビ活動しています。居心地がいいですね。

―政策、最重要課題は?

 政治家になった原点でもある〝いじめ防止対策推進法〟と、日本らしさを守りたい〝対外国人政策〟ですね。〝いじめ防止対策推進法〟は、コツコツと勉強を重ねやっと超党派で改正案を出せそうという時、任期を終えました。完結できなかった心残りがあるので、今期で必ず成立させたいです。

―支持者の中には次世代総理候補との声が上がっているが?

 当時勢いがあり、野党第1党を目指す日本維新の会の代表選に立候補しました。ある番組で「立候補するということは総理を狙う意思があるということ。その覚悟はおありか?」と問われ、即座に「ある!」と答えました。明るい未来に向けて国家・国民を導いていく責務を担わせてほしいと胸を張って言えなくて、何のための国会議員か。
 いつかに備え、日々必死に勉強し続け、その資質が認められたのであれば、その道は開けると思います。
 しかし、総理がゴールではなく、総理になって何を成すべきか、しっかりしたビジョンを持ち、それを実現することこそが重要だと考えます。

―仕事と家庭のバランスは? 

 議会活動と地元活動そして家庭、この3つのバランスを保つのが本当に大変だった。今は子どもも大きくなり、議会活動で奮闘する姿を見せることのメリットも実感できるようになりました。家族で一緒にいられる時は、短い時間ながら、できるだけコミュニケーションをはかり、絆を深めています。フルタイムワーパパとして頑張りながら応援してくれている夫には常に感謝の気持ちを表わすようにしています。

―オフのときは?

 寝ます!(笑)。また、信頼のおける女性の友人たちと集まりキャッキャと騒ぐことが精神安定剤となります。あとは、最近ご無沙汰の家族キャンプに行きたいですね。

―最後に本紙読者にメッセージを

 政治家・梅村みずほは大阪で生まれました。政治家であり続ける限り、大阪は常に帰ってくる場所です。頑張りを見てくれているのも、いたらない私を叱咤激励してくれるのも府民の皆さんです。これからも支え続けてくれる大切な存在です。全国比例にはなりましたが、中心に大阪があるとの思いで、2期目の6年間をまっとうしてまいります。

参政党参議院国会対策委員長 梅村みずほ参議院議員

インタビューを終えて

 彼女が引用する言葉に「天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ずまずその心志を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、行いにはその為すところを仏乱す」(孟子)*2がある。
 キュートな笑顔、チャーミングな所作とは裏腹に、いくら叩かれようが、批判をあびようが、一本筋の通った強い信念をもとに、志し高く、凛とした生き様は、まさに〝カッコイイ〟である。彼女のような〝カッコイイ〟政治家が増えれば、日本の未来は明るいと感じた。
 躍進を続ける参政党の旗手として、国会での活躍が大いに楽しみだ。

*2 天は人に大仕事を任せるとき、必ず大苦境に陥らせる(それは次のステップへの試練であり、逆に成長のチャンスでる。)

PROFILE
うめむら・みずほ 参議院議員。
1978年 愛知県生まれ。
立命館大学卒。卒業後JTBに勤務。その後フリーアナウンサー・タレントとして関西を拠点に活躍するかたわら、話し方教室や大学講師も務める。
2019年 日本維新の会から大阪選挙区でトップ当選を果たし政界入り。
2022年 日本維新の会代表選に立候補するも馬場氏に敗れる。
2023年 参議院本会議で、名古屋出入国在留管理局で死亡した女性に関する質疑において、その発言が与野党およびマスコミから批判を受けるもSNSなどでは支持する声も多く聞かれた。質疑原稿は日本維新の会が事前確認していたにもかかわらず、批判が大きくなってくると、参院法務委員会委員から更迭し、党員資格停止6カ月の処分を科した。
2025年 参院選で日本維新の会が大阪府選挙区において、予備選挙を行うことを決定。結果、現職議員ながら敗れる。現職優先が通常であることに加え、予備選が「今回に限った措置」とのことで、〝実質的な梅村外しではないか〟との憶測を呼ぶ。同年4月、ルールや責任者が明確ではない「維新のガバナンス不全」を理由に離党。同年6月、参政党に電撃入党。同年7月の参院選、参政党比例区公認候補として出馬し、比例区トップ当選となる。