こんなところに名店が「灯台もと旨し」
猫田しげる
知らずに暮らしているなんてもったいない!あなたの街の、あんなイイ店、こんなイイ店。「入りづらい」「高そう」「怖そう」? 大丈夫!グルメライター猫田しげるが、扉を開ける一歩をお手伝いします。
誰が呼んだか、奥中津。ここ2~3年の間に、阪急中津駅からほど近い中津商店街の、さらに裏道に入った一帯が「奥中津美食ストリート」としてにぎわっている……とは言い過ぎか。
詳しく書くなら某有名とんかつ店があったあたり。ともかく、すれ違うのもやっとの路地に、ビストロ、おばんざい店、バー、ワインスタンド、喫茶店などなど、20店近くがひしめき合い、夜になるとぽつりぽつりと明かりをともしているのだ。


その中でひときわ秘密めいた、というよりほぼ人んちにしか見えない「恕楽(じょらく)」。長屋の一角にあり、隣は普通の民家。まさかこの扉の向こうで、鶏すき焼きや囲炉裏で焼き上げる海鮮料理のコースが味わえるとは、誰も想像がつくまい。
店主の西上浩平さんは、2022年9月にこの店を構えた。それまでは扇町で鶏料理店を営んでいたが、コロナ禍で人の流れも自身の考えも変わり、「一人一人にじっくりおもてなしをして、隠れ家のように過ごしてもらいたい」という考えから、極力分かりづらいこの立地にたどり着いたという。
出身が和歌山の九度山であることから、地元で食べられていたひね鶏のすき焼きを軸に据え、コース料理を提供するスタイルに。ひね鶏は卵を産まなくなった親鳥のことで、若鶏のような柔らかさはないが、肉に弾力とコシがあり、噛めば噛むほどに旨みがにじみ出る。



常連客には「山海囲炉裏満喫コース」が人気とか。海老や鮎、ハマグリ、サザエなどの海鮮、旬の野菜を卓上の小さな囲炉裏で炭火焼きに。紀州備長炭でじっくり焼くから滋味を逃さず、素材の持ち味が最大限に引き出されるという。「鮎が子持ち! ラッキー」と喜べば「年中、栃木産の子持ち鮎をストックしています」とな。最後は炊き込みご飯やたこ飯でフィニッシュ。
夏は鱧しゃぶのコースもおすすめ。鱧サラダに鱧落とし、鱧カツ、鱧の塩うどんまで付き、この時季だけの「鱧の子」も味わえる。「ウチのコースは基本、どれも腹パンになります」と言うが、価格が良心的すぎて心配になるほど。「真田忍び」「黒牛」「高野山般若湯」など大阪ではあまり見ない和歌山県の地酒を薦められるままに飲みつつ、西上さんの「痛風克服談」なんかを聞いて盛り上がっていると、友人宅でくつろいでいるような気分になる。ちなみに「痛風には生姜が効く」というのが西上さんの自論。


さて、冒頭の「奥中津」の話に戻る。実は名付け親は西上さんで、「奥中津路地裏店舗の会」というのれん会を結成するほど地域活性化に積極的。この地に越してきた頃から隣近所に良い店が集まっているのを見て、今後発展する可能性を感じたという。「『裏』ではなく『奥』と付けたのは、梅田の奥座敷って響きが良いかなと。客層も若すぎず年配すぎず、ちょっと良いものを食べたい大人が来る街として盛り上げていきたい」と語る。グループLINEを立ち上げ、イベント時に会員同士で特製オードブルを作って販売したり、界隈に新しい店ができるとSNSで拡散したりと、周知活動に励んでいる。2023年に周辺店舗を紹介する「奥中津マップ」も作ったが、「どんどん店が増えるからHPを作るべきかなあ」と悩む。


ついこの間まで一般住宅だった隣も「日本酒バーになるそうです」。空いたと思った店舗も「中華料理店になりました」。
目まぐるしく新店がオープンする奥中津。この一帯だけで何軒ハシゴができるだろう。差し出がましいようだが、大阪日日新聞で「奥中津特集」をやってみては良いのではないか。
■恕楽/大阪市北区北区中津3-12-9
tel.06(7410)8315
17時30分~21時30分(LO)
不定休
※原則予約営業のみ
https://www.instagram.com/jyo_raku/
猫田しげる 20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」などで記事執筆。めったに更新しないブログ 「クセの強い店が好きだ!」もどうぞ。SNS苦手。