数日で終わると思っていたロシア軍のウクライナ侵攻が意外に長引いている。世界中が「ウクライナ東部での小競り合い」を読んでいたが、全土が本格戦に。このあおりを受けて世界市場では、原油や小麦などの商品価格が急上昇。世界中の物価高を引き起こしている。
日本ではこれまで、この手の事件は「遠いお国の紛争」と関心が薄かったが、SNSでの相次ぐ戦闘映像拡散で関心が高まっている。こうした状況の中、基礎的な知識を持たず、単純な日本人の常識や思考でこの問題を捉えることは危険だ。歴史をひもとくと共に、ウクライナ侵攻から透ける、現在の世界のパワーバランスを読み解く。
国旗が現わす豊かな国土
まずウクライナとはどういう国なのか。地理的に見ると、南は2014年からロシアに占拠されたままのクリミア半島が突き出た黒海に面し、対岸はトルコ。国土は日本の1・6倍で、英仏独をはじめスペインより広い。旧東欧諸国に面した西側は地図上部からポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドバと友好国が並ぶ。一方北側はロシア同盟国で反目するベラルーシ、そして東側には侵略者ロシアがベッタリ広がっている。
水色と黄色の2色の国旗は、広い小麦畑とどこまでも伸びる地平線、そして恵まれた穏やかな青空を意味する。国土の大半が農業に適した豊かな平原で、山岳地帯は南部のクリミア山脈と西部のカルパチア山脈しかない。恵まれた地形で有史前から農業が盛んな穀倉地帯だった。
島国の日本ではピンと来ないが、すべてが地続きの欧州では、平地は他の騎馬民族の侵略を簡単に許してしまう。ウクライナも古くはトルコ、ギリシャ、イラン、モンゴルなどに支配され続けてきた。独立国家としてのルーツは10世紀前後のキエフ公国で、この国が現在のロシアの源流になったとされる。キエフは日本に例えれば京都や奈良のような古都。
名前だけ知られるコサック兵は優秀な兵士群で発祥は15世紀のウクライナ。ロシア全土に勇猛さを知られた。名物のボルシチももとはウクライナの食べ物だ。
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世界史で習った19世紀中盤のクリミア戦争は、ロシア・ブルガリアVS英・仏・トルコ・イタリアの半島の取り合い戦。結局、勝者はなく欧州列強の草刈り場にされた。
20世紀に入り第1次大戦でドイツ崩壊後、ウクライナは各国が入り乱れ内戦状態に。その勝者のソ連が支配国となった。第2次大戦ではドイツVSソ連の激戦地となり、人口の約2割、1000万人が死亡したとされる。戦後は依然ソ連の一員も国連に議席を持ち重工業も盛んになり、チェルノブイリをはじめソ連の原発基地として15個所も建設された。
1990年にソ連が崩壊した翌年に独立したが、国内では親ロ派と反ロ派の政権争いが激化。ロシアはウクライナに親米政権が樹立した14年、一気にクリミア半島へ侵攻。以降、両国の関係は緊張状態が続いていた。
旧ソ連から独立した15カ国のうち、リトアニアなどのバルト3国は早々とEU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)に加盟してロシア離れ。残る12カ国のうち、ウクライナとジョージア、モルドバ、アゼルバイジャンの4カ国は国内の親ロ地域に独立勢力を抱える共通点があり脱ロ路線を掲げたGUAMを組織し連帯。しかしアゼルバイジャンは現政権の世襲をロシアが支持して離反、現在は3カ国でEUなどへの参加を目指していた。
特にウクライナはクリミア半島占拠が10年近く続き、ロシアへの反発が根強い。同半島のロシア系住民はロシアへの併合を望んでいるがそれにも背景がある。もともとタタール人と呼ばれる先住民がいたが、20世紀中盤にソ連の独裁者スターリンが中央アジアへの強制移住を強行。跡地にロシア人を移住させたからだ。
現在のウクライナは、クリミア半島併合時に比べ正規軍は5倍以上の30万人近くにまで増え、装備は欧米から調達した最新鋭に。さらに「領土防衛隊」予備役兵や、国民総動員令で18~60歳の男子を追加召集しているのでそれらを含めるとさらに勢力は倍増する。また義勇兵や義援金の募集も世界的に広がり、日本からは元自衛官多数を含む70人が応じ、義援金も億単位の寄付が続々と寄せられている。
逃げないトップ、士気盛ん
ウクライナが士気旺盛な背景はゼレンスキー大統領の頑張り。昨夏崩壊したアフガン親米政権は、ガニ大統領をはじめ国家要人がいち早く国外逃亡。アッという間に反米ゲリラのタリバンに取って代わられた。ゼレンスキー大統領は、暗殺のリスクを承知で健在ぶりをネットで次々と発信。ロシア側も彼を暗殺すれば英雄視されるだけなので、何とか降伏させ親ロ政権を樹立したい。
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ロシアはウクライナの全人口4500万人の内の反ロ勢力を中心に500万人前後を〝人道的配慮〟を名目に国外に追い出して難民化、操り人形の親ロ政権を樹立する計画。なぜなら広大なウクライナ全土をロ軍だけで統治し続けるのは不可能で、クリミア半島のように「反発する住民は入れ替えてしまうのがてっとり早い」と過去の体験から理解しているからだ。
3月2日、国連総会特別会合でウクライナ侵攻非難決議が加盟193カ国中約70%の欧米、日本を含む141カ国の賛成で議決された。反対は当事者のロシアとベラルーシをはじめ、核実験で国連安保理制裁を受けている北朝鮮、ロシアが全面支援するアサド大統領のシリア、「アフリカの北朝鮮」と言われるロシア支援の独裁国エリトリアの5カ国のみ。
棄権は中国、インド、イランなど35カ国。賛否の意思そのものを示さなかったのは旧ソ連のウズベキスタンやトクルメニスタンなど12カ国。この分布をよく覚えておいてほしい。プーチン大統領に追随する独裁者専制国の顔ぶれと、様子眺めの別の専制国家、勝ち馬に乗りたい旧ソ連のCIS(独立国家共同体)の国などそれぞれの思惑が透けてくる。
日本もひとごとではない
米国は1990年の湾岸戦争で、イラクがクウェートに侵攻した際に英仏とアラブ諸国で多国籍軍を組んで100時間(約4日)で追い払った当時の〝世界の警察〟ぶりは今や昔。ロ軍侵攻前、暴露的にCIAなどの国家機密を意図的に公開し、ロ側をけん制したが、最初から「軍事介入しない」と表明してはプーチンにナメられるのは無理もない。
アフガン撤退の大失敗ですっかり株を下げたバイデン大統領は、台湾有事のリスクを抱え〝東門の中国、西門のロシア〟の2面作戦を上手にさばける能力はない。トランプ前大統領から「私が大統領ならこんな事になっていない。プーチンは天才的に抜け目のない男」と言われ放題でも黙るしかないのだ。
欧州勢も同じ。核兵器を抱え、ウクライナ原発まで抑えたプーチンの決断一つで〝欧州全土放射能汚染〟の悪夢が現実味を帯びては、とてもじゃないがロシアに対抗措置は取れない。16カ国でスタートしたNATOに旧東欧諸国が次々と加わったが、「来る者は拒まず」程度の受け止め方だったから、プーチンの抱いた確信的危機意識〟(ロシアが欧州を侵略した事がないのに、ロシアは仏ナポレオン、独ヒトラーに踏みにじられた)が理解できていなかった。本気度で大きな差があり過ぎた。
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SWIFT(国際金融決済システム)からロシアとベラルーシを排除する世界規模の経済制裁は、期待する成果は上げられていない。欧州の天然ガスの4割はロシアからの輸入だから、供給が止まって困るのはむしろ欧州側。さらにロシアは小麦生産量世界トップ、原油生産同3位の資源国。クリミア半島併合による世界的経済制裁時に「自国完結型経済」の実証実験も済ませているから簡単にはへこたれない。
もう一つの大国・中国はどう出るか? ウクライナは中国の経済圏「一帯一路」の一員であり、空母「遼寧」も同国から購入し友好関係にある。冬季北京五輪開会式に合わせて訪中したプーチンと習近平国家主席が会談。ロシアから天然ガスや原油の買い付けに応じ「NATO拡大に反対」で合意し声明を出しているから、両国の戦闘状態は誤算だ。
それ以上に中国にとって「米国はもう 〝世界の盟主〟ではない。頼りにならない」と世界に知らしめたのはプラス。今後は尖閣諸島帰属や、台湾への実力行使でも「米国は核保有国の軍事侵攻に手出し出来ない」と、ウクライナで確認でき見下している。
日本にとってロシアは隣国であり、欧米と同調した経済制裁しか対応はできない。さらに海外資産差し押さえなどマネーロンダリング(資金洗浄)に対する国内体制が甘く実効は期待できない。ロシアから輸入の天然ガスは総量の1割に相当、更にインドネシアなどからの輸入分の一部も米国から「欧州に融通して」と要請されている。今後は小麦や天然ガスだけでなく、値上がりが続く原油などの価格はどんどん上がる。市民生活は給与増がないのに、相次ぐ物価値上げにどこまで耐えられるのか?