世界が認めた28歳の壁紙アーティスト・璃玖斗(りくと) 伝統技術を次世代へ紡ぐ「技術継承学校」設立 日本のものづくり復活へ 

 ホワイトカラーがAI(人工知能)に仕事を奪われる話を耳にしない日はない。一方で、ブルーカラーは慢性的な人手不足だ。こうした中、日本の伝統技術に輝きを取り戻そうとしている紙匠(かみしょう)の平澤璃玖斗(りくと)さん(28)。金箔や和紙などで空間を美しく仕上げる璃玖斗さんの職人技は、仏ルーブル美術館から個展を持ちかけられるなど、アーティストの域にまで達している。現在は個人の活動にとどまらず、「職人を子どもたちのあこがれの職業にしたい」と、日本の伝統技術を未来へ継承する取り組みも進めている。(竹居真樹)

紙匠(かみしょう)璃玖斗さん

紙一枚が空間を変える

 金箔や和紙、海外から輸入した壁紙を使い、職人の域を超えたアーティストとして美しい空間を作り出す璃玖斗さん。これまでに東京ディズニーランドホテルや椿山荘(東京・文京区)など有名な建物の内装を数多く手掛けてきた。

 璃玖斗さんは金箔や和紙が光を反射する角度を計算して情緒のある陰影を生み、さらに家具との調和まで考え抜いて空間の表情をつくり出す。

 「壁紙を貼る下地にわずかな段差があるだけでも仕上がりは大きく変わってしまう。特に金箔や和紙、輸入壁紙は扱いが難しいので、素材の状態を指先で確かめ、その場の空気に合わせて仕立てていく。職人の仕事には数値やデータでは再現できない奥深さがある」と魅力を話す。

 日本の伝統技術を現代の空間に取り入れた璃玖斗さんの芸術性は、海外でも評価されており、モナコやドバイ、フランスでは個展も予定されている。

 高度な技術の背景には、15歳から積み重ねてきた現場経験がある。

日本文化を自らの装いでも表現しようと、普段から着物を取り入れている璃玖斗さん

手先の器用さを見抜いた母

 「根性あるんだったら、明日の朝6時半に家(うち)へ来い」

 璃玖斗さんの職人人生は、母親に紹介された一人の親方との出会いからはじまった。親方は屏風やふすま、壁紙などの紙で空間を仕立てる職人だった。

 幼い頃の夢はサッカー選手。しかし、シングルマザーとして育ててくれた母親は息子に別の才能があることを見抜いていた。安全ピンの先を使い、小さな紙で折り鶴を折るほど手先が器用だった璃玖斗さんの姿を見て、母親はその力を生かせる職人の世界を勧めたのだった。

 「母がいなければ、この仕事には出合っていなかった。自分でも気付いていなかった部分を見てくれていたのだと思います」

厳しい修業で学んだ職人の基本

 最初の仕事は道具持ちだった。掃除をして荷物を運び、親方の後ろをついて歩く。仕事らしい仕事はなかなか任せてもらえなかった。

 毎日のようにしかられ、ときには手も飛んできた。「お前なんか、いてもいなくても変わらない」とも言われた。それでも璃玖斗さんは逃げなかった。

 親方は多くを語らなかったが、仕事への姿勢だけは、璃玖斗さんに徹底して教え込んだ。

 「道具を大切にしろ」「仕事の8割は段取りだ」

 壁紙を貼る時間は全体の工程で見れば最後の一瞬だ。その前の下地づくりや準備が仕上がりを決めるという。「親方は貼る技術よりも先に、仕事に向き合う姿勢を教えたかったんだと思う。今ならその理由がよくわかる」と璃玖斗さん。

 やがて一人で壁紙を任されるようになり、住宅や店舗のリフォーム現場にも立つようになった。

 「完成した空間を見て依頼主が喜んでくれる。その姿を見るたびに、仕事の見方が変わっていきました。自分は壁紙を貼っているのではなく、空間をつくっているんだと」

 手先の器用さを見抜いた母親と、仕事の基礎をたたき込んだ親方。二人の存在が、現在の璃玖斗さんの技術と感性を育てた。

依頼主が置き去りになる現場

 技術を身に付けて数多くの現場を経験していくうちに、璃玖斗さんは疑問を抱くようになる。「こんなにすばらしい仕事なのに、なぜ若い人が入ってこないんだろう」

 行き着いた答えは、業界の多重下請け構造だった。住宅や店舗の内装工事は、元請けから一次、二次、三次下請けへと流れることが少なくない。仕事が下へ流れるたびに利益は削られ、実際に施工する職人の取り分は少なくなる。

 「限られた予算と工期の中で、現場では丁寧に仕上げることよりも、早く終わらせることが優先されるようになる。職人は施主ではなく、元請けや現場監督の顔色を見ながら仕事をしているんです」と璃玖斗さん。

「下地づくりなど貼る前の準備が一番大切」と話す璃玖斗さん

 現場で問題が起きれば、大工はクロス職人のせいにし、クロス職人は前の工程をした職人のせいにする。責任のなすりつけ合いが起き、本来向き合うべき施主の思いが置き去りになっている光景を何度も目の当たりにしてきた。

 「たとえば2000万円をかけて、施主の夢だった店をつくるとします。でも職人の目的が『現場監督に怒られないこと』になってしまっている。それはおかしいですよ」と璃玖斗さんは説明しながら、「完成後の空間で家族が食卓を囲み、店に客が集まり笑顔が生まれる。施主の暮らしや人生まで想像して仕事をすることが本来の職人の役割のはずなんです」と強調する。

こうした問題が「若者の担い手不足の根源になっている」と璃玖斗さんは指摘する。

深刻な若手不足

 実際に建設業では、熟練した職人が次々と引退する一方、技術を継承する若い担い手が不足。29歳以下の就業者割合は1割程度にとどまっている。

 璃玖斗さんは「日本の歴史的な建物やすばらしい伝統工芸が何百年、何千年と残ってきたのは、職人たちが技術だけでなく、仕事への誇りや精神も次の世代へ伝えてきたから。その継承が途絶えれば日本のものづくりの土台そのものが揺らぎかねない」と警鐘を鳴らす。

 業界の現状を嘆くだけでは何も変わらないと考えた璃玖斗さんは、日本の職人技術を継承する学校の設立を決意する。

技術と誇りを教える学校へ

 職人とアーティストという個人の活動の一方で、伝統技術を守るために起業家としての活動にも着手する璃玖斗さんは「美しい日本の文化や伝統技術、そして受け継がれた思いを次世代へつなぎたい」という思いを込め、一般社団法人「日本女性職人協会」を設立した。活動の軸となるのは、ことし東京と大阪で開校を計画している技術継承学校だ。半年から1年で、現場で活躍できる職人を育てることを目指すという。

 特徴は施工技術だけを教える学校ではないこと。璃玖斗さんが重視するのは、おもてなしの心や和の精神、先人への敬意といった職人としての在り方だという。

「技術だけを教えても業界は変わらない。人を笑顔にするために仕事をするという思いを受け継ぐことが重要」なためだ。

能登復興の経験をもとに女性職人も視野

 ユニークなのは、建設業は男性中心のイメージが強いが、女性職人の育成に力を入れることだ。

 璃玖斗さんによると、「壁紙や和紙、金箔を扱う仕事では細やかな感覚や表現力が生きる場面も多い。むしろ、女性の感性が評価される現場もある」という理由からだ。

 女性職人の育成を思い立った背景には、能登半島地震の被災地での経験がある。璃玖斗さんは工事現場で余った新品の壁紙や床材、職人が使わなくなった道具を集めて能登へ運び、地元の女性たちと古民家の再生に取り組んだ。職人が作業を教え、女性たちは実際に壁紙を貼るなど住民の家を自らの手で修復した。

現在も地道に子どもたちにも壁紙の貼り方を楽しく教える璃玖斗さん(右)

 「僕たち職人が直して帰るだけでは単なる支援で終わってしまう。地元の女性が技術を身に付け、仕事として続けられる形をつくりたかった」と璃玖斗さん。

 作業の謝礼は女性たちに渡し、地域に仕事と収入を生み出す仕組みを目指した。参加者の中からは壁紙職人として金沢の会社で働き始める女性も生まれた。

 従来の職人像を書き換える璃玖斗さんの取り組みは、女性職人の育成に留まらず、障がいのあるアーティストと職人が共創する壁紙ブランドの立ち上げまで展開を進める。

「能登での原体験があったからこそ、学校の設立でも『技術だけでなく在り方』や『多様な人材(女性や障がい者)の受け入れ』を中核に据える確信を得た」という。

かっこいい背中を次の世代へ

 職人の仕事に、もう一度輝きを取り戻そうとする璃玖斗さん。

 「昔は大工さんにあこがれる子どももたくさんいた。もう一度、職人になりたい子どもを増やしたい。そのために、まず大人が本気でかっこいい背中を見せなければいけないと思っています」

 15歳で職人の世界に飛び込んだ璃玖斗さん。紙一枚で空間を変えてきた若き職人が、日本のものづくりの未来を変える一歩を踏み出した。

車いすのアーティスト早川ひかるさん(左)らとの事業展開も見据える璃玖斗さん(右)
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