読者が暮らすタワーマンションのフローリングは、〝本物の木〟でない可能性が高い。その多くは合板の上に木目模様を印刷したシートと呼ばれる床材だ。このため、最近はマンションを購入してすぐ、天然木の床にリフォームする家庭も増えているそうだ。なぜ今、〝天然木の床〟が注目されているのか。今号から3回に分けて掘り下げていく。
「人間は本能で、無意識に本物をかぎわけている」
今のマンションはほぼ印刷した床材
高級なはずのタワマンに、なぜ天然木の床が使われないかは、建築側のコスト面というよりも、品質管理をしやすい面が大きい。
もし、床に無垢(むく)材を使うと、木目は不ぞろいになり、もちろん節もある。そもそもそれが天然の良さなのだが、マンションのように戸数が多い物件になると「この部屋より、あっちの部屋の床の方が美しい」などと、同じグレードの部屋にも優劣が付きかねない。
一方、木目を印刷したシートなら人工物だから、色柄のバラツキなどのトラブルは少ない。だから、マンションは同じ品質を保てるシートが主流になったわけだ。
ただ、素足文化の日本で、木目の印刷を本物の木だと思って小さな子が育っていくことに、いささか不安も感じてしまうが…。
人気高まる天然木
「実際に暮らしてみて初めて床の大切さがわかった」「頬(ほお)ずりしてしまうくらい心地いい」「素足で歩くと足ざわりに感動する」「この床に換えたらすぐに寝そべりたくなります」─。
朝日ウッドテック(大阪市中央区)には日々、同社の床材を導入したユーザーから感謝の声が届く。江戸幕府の始まり前後から、銘木商の流れを継ぐ同社。人類が初めて月面着陸したアポロ11号が帰還した後、クルーが滞在するケアハウスの内装に同社の製品が採用されていたなど、木質建材メーカーとしては日本トップレベルの企業といえる。
「最近はインスタグラムなどのSNSの影響もあり、お客様の方から施工業者に〝朝日の床を使ってくれ〟と指定するパターンが多くなっています。実際にショールームを訪れるお客様も増えており、床を重視される傾向が高まっているのを肌で感じます」
こう話すのは同社の取締役マーケティング部長の山本健一郎さんだ。
床選びが重視される理由について山本さんは「日本は素足の文化、座の文化ですから」と前置きした上で、「家屋では靴を脱ぎ、素足で床にふれ、直接座る。だからこそ、いい床を選びたいと本能で感じている。床一つで生活の質は大きく上がります」 と説明する。
実用的なのは無垢より挽き板
戦前の同社は高級料亭や旅館、資産家の豪邸など、いわゆる富裕層向けの木材を扱う銘木商(めいぼくしょう)だった。しかし、戦後は焼け野原で家を失った人々のために「銘木の大衆化」を掲げ、復興に尽力してきた歴史がある。
大衆向けに舵を切ったとはいえ、現在も業界では独自の〝朝日基準〟と呼ばれており、品質の良さで右に出る者はいない。その同社が長い歴史の中で到達した床材が、現在の主力商品「ライブ・ナチュラル・プレミアム」だ。
同製品は実は無垢材ではなく、合板の上に厚さ2㍉の天然木を貼り付けた「挽(ひ)き板フローリング」だ。銘木商を母体としながら、なぜ高級なイメージのある無垢材を主力商品に据えないのか。
「無垢は最初はいいのですが、伸縮して必ず反ったり割れたり、ねじれたりする。結果、床暖房にも不向き。床を実用性で考えると、無垢の踏み心地や肌ざわりは残しつつ、扱いやすさを両立できる床材に行き着くのです」(山本さん)
体験しないとわからない
同社のショールームでは、実際に製品の質感や踏み心地を確かめられる。記者も素足で歩かせてもらうと、自宅のフローリングよりも全然やわらかいことに気づく。同時に自宅の床が木目の印刷であることが分かってしまった。
山本さんが、おもむろに天然木の経年変化を示す挽き板フローリングのサンプルを見せてくれた。「ほら、使い込むほど色が濃くなり味が出てくるんですよ」
なるほど。高級な革製品と同じということか。
しばらく、居心地のいい床であぐらをかいていたが、木の香り、そして手ざわりが何ともいえない。温かさも感じるし、目も癒やされる。
実は、なぜ天然木が〝目にやさしい〟かは科学的に説明できる。木の表面は電子顕微鏡レベルに拡大すると、ちょうどストローをいくつも並べたような形になっている。
「この凹凸が光をいろんな方向に乱反射させることで、天然木ならではの美しい光沢〝照り〟が見られます。この木目が生み出すゆらぎが人を癒やしてくれます。また、木は紫外線を吸収するため、目にやさしいのです」(山本さん)
印刷の木目は、拡大すればドットの組み合わせでできている。天然木になぜ癒やされるのかは、人間の本能が無意識に、本物を感じ取っているからかもしれない。
本物を無意識に皮膚が感じ取る?
天然木が良いことは、誰も否定しないはずだ。しかし、「なぜ良いのか?」を問われると、いささか説明が思い浮かばない。本能で分かっていても言葉するのは難しい。
建築家の黒川雅之さんが「なぜ人は、木をいいなと愛(め)でるのか」について、「木は酸素を生み、二酸化炭素を吸収する。動物にとってなくてはならない存在であることを、無意識に人間は知っている」と語っている。
黒川さんの仮説で説得力を感じた一節がある。「木は『気』を発しており、そのエネルギーは皮膚が受け止めている」の部分だ。実は生物の皮膚は脳より以前から存在しており、五感を受け止める網膜(もうまく)や鼓膜(こまく)、舌は皮膚から生まれているからだ。
「あいつは感じがいい、あいつは嫌い、とかは脳で考えないでしょう。これは皮膚感覚です。皮膚の学問はかなり進んでいて、時差を感じたり、音も聞いているとも言われます」と黒川さんはコメントしている。
人間の本能
記者業をしていると、いろんな業界を取材するから、本物の心地よさについて共通した話題を見出すことができる。
例えば、敷物の最高級品といわれるペルシャ絨毯(じゅうたん)。1平方㍍あたり100万回以上の結び目を作ることにによって、精密な模様を描き出しているのだが、当時、その美しい模様をカメラに収めようとしても、どうしてもきれいに映らない。
店主によると「目の粗い安い絨毯はきれいに映る。しかし、本当に値打ちのある絨毯は、あまりにも細かすぎてカメラの解像度では捉えられない」のだそうだ。肉眼でしか見られない本物な美しさにふれ、ロマンを感じたものだ。
また、安全を第一に設計するボルボの車では、ダッシュボードなどをよく見ると、人間の皮膚の模様をしている。見慣れた人間の肌と同じ模様にすれば、何もしないよりは、目の負担が減らせるのだそうだ。無論、本物に勝るモノはないが。
本物だけに存在する本能的な心地よさは、こうした「細部に宿る美」が作り出しているのかも知れない。銘木商として100年以上の歴史を紡いできた朝日ウッドテックの製品もまた、人間の本能に問いかけてくる本物と言えよう。