生まれ変わる大阪の〝時空館〟 9月にドーム内部が開業へ 動き出したベイエリアの活性化

 総工費176億円をかけて2000年にオープンしたが、入館者数の低迷などで13年に閉館した「なにわの海の時空館」。長く放置されたこの施設が今、大阪ベイエリアの新たなランドマークとしてよみがえりつつある。9月にはいよいよドーム内部が開業するが、一体どんな施設に生まれ変わるのか? 運営事業者と大阪観光局に取材した。

夕暮れになるとライトアップされるジュエリー(旧なにわの海の時空館)

 大阪ベイエリアに浮かぶ「なにわの海の時空館」は12年間活用されず、大阪市の〝負の遺産〟と揶揄(やゆ)され続けてきた。しかし、名称を「ジュエリー」と改め、ベイエリアの新たなランドマークとしてよみがえりつつある。施設運営者であるシンフォニックスリール事業企画マネージャーの池戸菜月さんと、同社と連携する大阪観光局統括官の田中嘉一さんが、舞台裏とベイエリアにもたらされる未来のビジョンについて語った。(佛崎一成)

大阪観光局 統括官 田中嘉一さん
シンフォニックスリール事業企画マネージャー 池戸菜月さん
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シンガポールのように、海辺に美しい都市景観を

 ─万博が開幕し、IR(統合型リゾート)の開業が控えるなど大阪は転機を迎えている。
 田中 その中で重要性が増しているのが〝ベイエリアの活性化〟です。万博やIRで盛り上がる夢洲に対し、アジア太平洋トレードセンター(ATC)や大阪府咲洲庁舎のある咲洲一帯が、カギとなります。

 ─カギとは。
 田中 万博を機に世界から多くの観光客が大阪を訪れていますが、彼らは飛行機や新幹線で乗り入れ、地下鉄中央線で会場へとやって来ます。私自身、前職で展示会の仕事をしていましたが、ベイエリアのインテックス大阪に近づくにつれ、沿線にもっと活気と高揚感がほしいと思っていました。府外から多くの人が訪れる都市の顔というべきベイエリアが元気になれば、大阪のブランド価値が〝突き抜ける〟と確信しています。

 大阪をアジアナンバーワンの国際観光文化都市にするには、ベイエリア全体の底上げが必要であり、その核として「なにわの海の時空館」の生まれ変わりに期待しています。

 ─負の遺産と言われ〝嫌われ者〟として扱われてきた時空館がベイエリア活性化の核になるのか。
 池戸 最初にこの施設を見たとき、すばらしい建物だと率直に感じました。設計者は仏シャルル・ド・ゴール国際空港や中国国家大劇院を手掛けた世界的に著名な建築家ポール・アンドリュー氏。全面ガラス張りのドーム建築は、今の建築法では造れない希少なものです。

 〝負の遺産〟と揶揄され続けたためか、この貴重な建物の価値に気づく市民は少ないようですが、東京出身の私からすればまさに〝文化遺産〟レベル。実際にこの建築を一目見ようと、世界から足を運ぶ人々が多数います。

 ─なるほど。大阪にいると、その価値に気づかない。
 池戸 海に浮かぶ近未来的なドームに、国内外の観光客の視線は釘付けです。対岸に万博会場が見え、2030年にはIRが開業する。これほど将来性のある場所はあまりありません。訪日観光客が増え続ける中、ベイエリアの「ナイトタイムエコノミー」の拠点になると確信しました。

 ─まさにベイエリアのランドマークにふさわしいというわけか。施設は「ジュエリー」の名称で春に開業したが、反応はどうか。
 池戸 開業時期を1期と2期に分け、4月の1期に陸側のカフェをオープンしました。夜の幻想的なライトアップが好評で、地元の住之江区民の方々から「暗くて怖い場所」の印象が大きく変わり、「明るくておしゃれ」「夜のデートスポットによさそう」と喜んでもらっています。

 区民の方々は非常に協力的で、チラシの配布を手伝ってくれたり、スタッフの募集を近所で呼びかけてくれたり…。差し入れをしてくれる人もいるんですよ。

 田中 地元が一体となって盛り上げてくれる事例は全国でも珍しいですよね。〝地域の誇り〟へとイメージを変えつつあります。

 ─万博会場は現在、閉場後に観光客が一斉に駅へ流れ込み、混雑しているが、この混雑緩和も期待できそうだ。
 池戸 はい。ジュエリーは万博帰りに立ち寄れる「夜のオアシス」としても機能しています。実際に万博を見た後、午後11時半まで営業するジュエリーに人が流れて来ています。実は花火の観覧は混雑する万博会場内より、ジュエリーの方が特等席と言う人もいます(笑)。大阪湾に沈む美しい夕日も絶景です。

 ─9月の2期開業では、いよいよドーム内部が本格稼働する。どんな施設になるのか。
 池戸 施設の中央には、時空館時代の目玉、全長約30㍍、帆柱の高さ約28㍍の巨大な「菱垣廻船(ひがきかいせん)」があります。約10億円をかけて復元されたこの船をステージに、DJイベントやファッションショー、国際的なレセプションが可能なイベントホールとしての活用を計画中です。主催者が自由に発想できる空間、使い方に縛られない特別なスペースになると思います。

ドーム内にある菱垣廻船

 ─本当に「世界でここだけの空間」になりそうだ。
 池戸 そう思います。日中は展示会や撮影、夜はナイトエンタメ。「昼夜使える複合エンタメ施設」として成長させたいと思います。

 田中 世界でも珍しいタイプの多目的施設になります。クリエーティブな人が施設内を見れば「こんなイベントができるんじゃないか」と斬新なアイデアが出てくるはずです。

 ─ジュエリーが大阪ベイエリアを活性化する第1弾となったわけだが、27年にはインテックス大阪が大規模リニューアルするなどの動きもある。
 田中 新生インテックス大阪は、従来の「西日本最大の展示場」から大きく進化しなければなりません。これからの展示場は「空間演出」「滞在快適性」「都市景観との調和」など、体験価値を高める要素が重要。単なる商業展示スペースから〝都市全体のゲートウェイ〟に進化する。

 ジュエリーはこのインテックス大阪に連動した「特別な場所」として、展示会後のパーティーや交流の場として活用されることも期待しています。両施設が両輪となり、シンガポールのマリーナ・ベイのようにベイエリア活性化の象徴になるはずです。

 ─ジュエリーの事例は、他の自治体にとって参考になりそうだ。
 田中 まさに「一点豪華主義」の成功例と言えるのではないでしょうか。ファッションと同じで、全身を飾らなくても、たった一つの豪華なものが全体の印象を劇的に変えてくれます。〝海の宝石〟ジュエリーが輝けば大阪ベイエリア、さらには大阪全体が輝くはずです。

 加えて、このプロジェクトは行政と民間、市民が連携した「まちづくりの教科書」でもあります。遊休施設や負の遺産の再活用を模索する全国の自治体にとって、非常に重要な先行事例。大阪観光局としても、伴走支援を続けていく方針です。

 ─〝負の遺産〟と言われ続けた時空館を逆転の発想で、大阪の未来を照らす希望の光に変える。ジュエリーの輝きは、大阪が世界都市として成長する象徴になりそうだ。
 池戸 何よりも、ここを好きになってくれる人が増えてほしいです。美しい夕日や夜景、温かい地域の方々。文化遺産としての建築。大阪の魅力を凝縮したこの場所を、多くの人に体験してもらいたいです。

カフェエリアにはキッチンカーも集結
対岸の万博会場から打ち上がる花火を撮影する人々

【MEMO】
 旧大阪市立海洋博物館「なにわの海の時空館」(大阪市住之江区)は、市制100周年事業として2000年に総工費176億円で開館。しかし、入館者が低迷し、毎年2億~3億円の赤字が続いて13年に閉館。バブル崩壊後に巨額の損失を出した大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)などの売却が進む中、時空館だけが残り「最後の負の遺産」と呼ばれた。3度目の公募で事業者が決まり、24年12月に大阪市の観光関連会社「シンフォニックスリール」に引き渡した。同社は施設を「ジュエリー」と改め、4月に第1期として陸側にカフェをオープン。9月の第2期で施設内を開業させる。