先週14日(日本時間15日)にバイデン米大統領は、中国製のEV(電気自動車)の関税を4倍に、同じくソーラーパネルや半導体を2倍、鉄鋼とアルミ製品を3倍に引き上げることを表明。「コロナ禍で我々は生活必需品を自国で安全に供給することの大切さを学んだ。中国に米市場を支配させてはならない」と強調した。
実際は、中国製品への高関税はトランプ前大統領が行った2018年から続いており、中国産鉄鋼の米国内シェアはわずか0・06%、中国産EVにいたってはほぼゼロだから影響はほとんどない。日本でろくにニュースにもならなかった意味を読み解くと、そこには〝意外な裏〟が隠されていた。
選挙勝利へ バイデン次の一手は!?
岸田さん「もっと利口になって!」
防戦必死の現職に勝ち目は?
バイデンは11月の大統領選を前に防戦に懸命だ。共和党は強固な保守層の支持でトランプ前大統領の候補指名が確実。現職のバイデンは所属する民主党の英雄・ケネディ大統領のおいに当たるロバート・ケネディ・ジュニア弁護士が〝第三の候補〟として無所属での出馬を表明。頼みのリベラル(自由主義)票が分散することで一転して苦境に立たされた。
民主党は過去2回リベラル票の一本化に失敗し、総得票数で勝りながら大統領選挙人獲得争いに接戦で敗れている。2000年にアール・ゴア副大統領が第三の候補・環境活動家、ラルフ・ネーダーに、16年にはヒラリー・クリントン国務長官がバーニー・サンダース上院議員との激しい党内指名争いのしこりで、それぞれ本選を落とした。
4年に一度の国を二分する大統領選で、今のままでは再選の目がないバイデン大統領は散々批判してきたトランプ前大統領の政治手法のうち、中国の輸入品叩き(裏返すと国内製造業の保護)を踏襲し、選挙での争点隠しにかじを切った。バイデンは世界的な人気アプリで米国人口の約半数が利用している「TikTok」の全面禁止法案に署名、日本製鉄の「USスチール買収」にも反対を表明したのも背景は同じ。
同じようなケースで手法だけが異なるのがアジア太平洋地域の防衛戦略枠組み。トランプは、日韓比などに散々費用負担増額を要求、米軍削減をチラ付かせながら脅してきた。バイデンは岸田総理が訪米すると国賓待遇で迎えおだてまくったが狙う結論はほぼ同じ。対中露朝での地域防衛費の日本側負担増を、トランプが強風で凍えさせるやり方なのに対しバイデンは太陽ポカポカでコートを脱がせようとしているだけのこと。つまり友好国に対し、トランプの「脅し」VSバイデンは「おだて」だ。
中国を邪魔して「時間稼ぎ」
まずコロナ禍で各国が相互依存への見直しを進めたサプライチェーン(原材料・部品調達から販売までの多国間での流れ)。20世紀は「より安い途上国から材料を調達、先進国で完成品を消費する」が当たり前だったが、今世紀に入って、欧米と中露の対立が激化。そこにイスラム圏が絡んだ地域紛争が複雑化を増幅。輸出入をはじめとする各国の経済力が〝武器〟として機能しはじめ、そこへ世界を覆い尽くしたコロナ禍が「自国の安全安心は、自国で賄う」との〝経済安保〟の道理が当たり前となった。その流れを踏まえ、現代米国が抱える政治課題を整理してみよう。
圧倒的な輸入超過により安価な消費をおう歌していた米国。産業再構築によって国内に新たな製造基盤を整備する必要に迫られている。簡単に言うと「〝外国に任せてはいけない産業〟を国内に戻す」ということだ。例えばEV完成車は中国にはるかに遅れを取っているばかりか、EV用バッテリーに欠かせない黒鉛などの材料精製は中国が世界シェアの半分を既に握っている。現在の米国は巨大な世界金融証券基地であり、半導体やAI(人工知能)先端技術開発は進んでいるが、市場効率を追求した結果の反動で生活必需品などの基礎的製造業は空洞化。このあたりの対策論はトランプとバイデンに大差ない。取りあえず中国経済の邪魔をして、米国が国内回帰する時間を稼ぐしか手はない。
友好国の陣取り合戦も米中でツバ競り合い。中国の現代シルクロード「一帯一路」に対抗し、バイデンはG7(中露を抜きにした日米英仏独伊加の先進国首脳会合)で「グローバルパートナーシップ」を立ち上げている。
温暖化対策で2候補に差
バイデンがトランプと最も異なる政策を掲げているのは地球温暖化阻止を旗印にした気候変動対策を米国のビジネスチャンスとして、新たな産業育成を図るとしている点だ。このジャンルはトランプがパリ協定(21年に決まった気候変動抑制への多国間取り決め)を脱退し「完全無視」を決め込んでいる間に、中国がEVだけでなくソーラーパネルや風力発電などの分野で世界トップシェアを握った。
〝21世紀の成長産業〟といわれるクリーンエネルギー開発は新たな雇用やコスト削減を呼び、将来的には米国にとっても悪い話しではない。しかし、トランプは目先の利益を優先して国内の石炭石油業者を抱き込んだが、その分途上国反発と友好国離反を生んだ。「世界リーダーの地位を手離しても、国内で選挙に勝てればよい」という考え方は分かりやすくて、有権者の支持を最も得やすい。
中国、どこまで我慢?
中国についてまず押さえておかなければならないことは「歴史上の敵は日本、現在の最大敵は米国」と常に考えていること。日本は太平洋戦争後、選挙によって政権交代が可能な欧米型民主主義国家になったが、中国は4000年の歴史で一度も国民は投票で指導者を選んだことがない筋金入りの専制主義国。実際、地球儀を見渡すと自由主義国より専制主義国の方が多い。そういうと恐ろしく感じるが、日本でも企業統治は大部分が専制国家と同じようなオーナー会社であり、株主の多数決でトップ交代がある大会社はごくわずかであることを考えると、大差はない。
その中国は日中戦争をへて国共内戦。大きな犠牲を払って現在の共産党独裁国家ができあがった。最初は日本企業の製造拠点としての日用品、衣料からはじまり、次第に家電などで日中間の生産量が逆転、今では「新三様」という呼び方で、EV、ソーラーパネル、車載用バッテリーが世界的に高いシェアを占めるまで発展し日本を追い越した。
専制主義国の強みは、時の政権が選挙による国民の支持を気にしなくてもよい点だ。だから中国は、今回の米国の度重なる経済的圧力にも慌てて反応する必要がない。時間稼ぎして、相手が政権交代したり弱体化するのを待てばよい。ただし、国内経済は不動産不況などコロナ禍からの回復が思わしくない分、どこまで我慢できるかは流動的だ。
民主主義国の弱みは、国力が衰退し利権を守りたい旧勢力保守と新興のリベラル勢力が拮抗し国論自体が二極分化されると、政権交代圧力が強まり政治基盤が弱くなるので一気に極端から極端へ走って自滅しかねない。11月の米大統領選終了まで何が起こるかは想定が難しい。
日本が見習うべきは?
岸田総理が事あるごとに「自由主義の志を同じくする国々」という表現で、欧米や韓台、東南アジア諸国などとの連携を強調する。官僚もまるで宗主国(植民地時代の支配国)のように米国からの要求には極めて弱い。日米安保条約を基本とした同盟関係は深いが、日本は地政学的に経済・外交ともに中国を完全無視できない。インドは中国敵視政策では米国と強調しながら、一方ではロシアともうまく付き合って成長を続けている。混とんとした21世紀を乗り切るにはしたたかさがぜひ必要だ。