「春闘」で相次ぐ大幅賃上げ ミズノグループ労働組合協議会 石川 要一会長に聞く

 賃金アップなどを巡り、企業と労働組合が交渉する「春闘」。今年は大企業で満額妥結が相次ぐ異例の事態となり、大幅賃上げが続々と実現している。ところで、読者は労働組合についてどんな印象を持つだろうか。40代以上の読者なら、会社に抗議したり、ストライキを起こしたり、何だか恐いイメージかもしれない。労働組合の中央組織「連合(日本労働組合総連合会)」(約700万人)の中でも最大団体となる「UAゼンセン」(186万人所属)で活躍し、ミズノグループ労働組合協議会の会長も務める石川要一さんにいろいろと聞いてみた。

「現在は労使協調の時代」と話す石川会長
「現在は労使協調の時代」と話す石川会長

労使のガチンコは遠い昔の話 バブル崩壊後は協調路線

─組合最大のイベントとなる春闘。今年の賃上げについて。

 3月中旬の集中回答日を前に、1万円を超える妥結が相次いだ。昨年に引き続き、労働組合との交渉を前に経営側が賃金アップを口にする不思議な現象も起きていた。

─政府の要請も影響しているか。

 もちろんだろう。アベノミクス時から、政府主導の春闘と言われはじめた。当時、私も社長室に組合の要望について説明に行ったら、国からの賃上げ要望がちゃんと届いていた。
 ただ、原材料が高騰する中で、賃上げだけを進めるわけにはいかない。利益を確保するため価格転嫁も重要だ。しかも1社だけでなく、川上の中小企業も含め、サプライチェーン全体で取り組む必要がある。

─内実は賃上げに回す余裕がない。

 例えばパスタなどの商品を200円から210円に値上げしても、原材料費はそれ以上に上昇している。そこに賃上げが加わるから企業も困っている状況だ。サプライチェーン全体では、川上の中小企業ほど剰余金がなく、もっと困っている。
 昨年の賃上げでも中小企業の価格転嫁について調査した。傾向的には材料費までカバーできていなかった。つまり、人件費に回せる状況ではない。

─日本商工会議所が全国の中小企業約6千社に行った調査によると、24年度に賃上げを予定する企業は6割超。うち6割は「業績の改善がみられないが実施予定」と〝仕方なし〟の状況にあるようだ。

 組合側も会社が潰れてしまったら困るので、国に対していろいろと要請している。

─従業員給与などを増やせば、法人税の控除率をアップしますよ、という制度もあるが。

 大企業はいいが、そもそも法人税を払えていない中小企業も多いのが実態。つまり、赤字の会社にとっては無意味。こうした現実は意外と知られていない。

─よく大企業の内部留保がやり玉に挙げられるが、その辺りは。

 バブル崩壊を経験した企業は、会社が潰れたら困るからどうしても内部留保のリスクヘッジに動きがちになる。いい面でもあるが、あまりにも貯め過ぎているので、循環していない側面もある。

─海外に比べ、あり得ないほど積み上がっている。

 そこが今ポイントになっていて、大企業がその傾向だから、中小企業も追いついていかない。結局、今の物価上昇を多少加味した賃上げになってしまう。

─ところで、企業と組合はもっとガチンコなのかと思っていたが、石川さんの話を聞いていると、労使で協調しているように見受けられる。

 確かに昔は労使がバチバチだった時期もある。それも40年くらい前の話だ。鉄道会社などでは交渉のもつれで組合がストライキを起こし、春になると電車が1~2日、動かないこともしばしばだった。しかし、バブル崩壊後にはほとんど交通機関のストライキは記憶にない。

─なぜ変わった。

 バブル崩壊により、相次いで企業が倒産し始めたからだ。会社が潰れてしまっては「賃金を上げろ!」と言っている場合ではない。組合側も会社の経営状況をきちんと把握し、一方的な要求はやめようという風潮になった。
 さかのぼれば70年代の「生産性運動」、いわゆる生産性を上げて給料を上げる動きも労使協調路線のはじまりと言える。

─失われた30年の原因の一つに、組合の弱体化を指摘する声もある。

 そうじゃないと思う。唯一、見ていなかったのは世界との差だ。この間、世界は右肩上がりで成長し続けていたのに、日本は鎖国状態。組合も企業が倒産しないように気を遣い、前年を踏襲していた。世界ではどんどん物価が上昇しているのに、円高だったから、あまり気づいていなかった。

─海外展開もする企業にとっては為替の影響をモロに受けそうだ。

 実際にミズノも7~8年前にそんな時期があった。すごく忙しいのに利益が出ず、賃金も上がらない状況だ。「これは円安に負けているのではないか」という話になり、ビッグマック指数みたいな指標を作って会社と交渉したことがある。
 例えば、1年間に製品を1個生産し、200円で売ったとする。原材料費が100円なら、100円儲かる計算だ。次の年に2個作ると労働生産性は2倍に上がっている。ところが、輸入した原材料が150円になると、2個作っても100円しか儲からない。
 これは実質の労働生産性が2倍になっていても経営指標としては利益が同じで会計上は生産性が上がっていないこととなる。そういったデータを示し、会社と交渉した。この取り組みはビジネス特許も取得しており、他企業にも使ってほしいからオープンにしている。

─UAゼンセンなど産別の頑張りが、組合を持たない中小企業の労働者にも良い影響を与えそうだ。

 まさに我々の目指すべきところだ。我々が先行し、風を作っていきたい。