その肌ストレス、実は繊維素材かも?

 今や発熱繊維などで機能性が当たり前のように加わるなど、進化を続ける現代人のインナーウエア。ところが、乾燥肌や敏感肌が感じる〝肌ストレス〟には四六時中、素肌に密着する繊維素材が大きく影響している可能性があるとご存じだろうか。普段は気にも留めないであろうインナーウエアについて迫ってみた。

発熱繊維が肌の水分を奪う?

 冬の防寒になくてはならない温感性のある肌着。素肌の上から1枚着用するだけでポカポカと温かく、現代人にとっては必需品になった。花冷えのする時期まで着る人が多いことから、一年の半分は着ている計算だ。

 ところが、人によっては静電気が起きたり、肌の乾燥が気になったりとストレスを感じやすいのも確か。

 実際、着て温かくなる素材には、体の水分と反応して発熱する繊維を使うケースが多く、肌の自然な水分も奪う構造とも言える。つまり、乾燥しがちな肌はさらにカサつき、進行すればかゆみを引き起こしてしまうということだ。

化学繊維と天然繊維の違い

 そもそも天然繊維と化学繊維にはどのような特徴があるのだろうか。

 化学繊維は、石油系を原料にしたポリエステルやナイロンなどの「合成繊維」と、天然の木材などから精製されるレーヨン、テンセルなどの「再生繊維」に分けられる。後者は冷感、発熱、速乾、形状記憶といった加工がしやすく、比較的安く購入できるが、加工時に化学薬品を使用するため、アレルギーや肌荒れを心配する声も少なくない。

 一方の天然繊維は、コットン(綿)やリネン(麻)の「植物繊維」と、シルク(絹)、ウール(羊毛)、カシミヤ(山羊)の「動物繊維」に分けられる。保温性や保湿性をはじめ、自然界のものが原料となっているから肌触りがいいのが特長だ。

医療現場で実証のアレルギー対策

 シルクは蚕(かいこ)が体内で作り出すフィブロインというタンパク質の一種が主成分となっている。

 アラニンやセリシン、グリシンなど18種類のアミノ酸から構成されており、天然繊維の中で最も人の肌に近い。このため、アレルギー対策に適している。

 天然繊維の中では唯一の長繊維(フィラメント糸)で、ひとつの繭から800㍍から1500㍍に及ぶ長い繊維を取ることができる。なめらかな質感と独特な光沢があり、引っ張っても切れにくいという強度もある。軽くて柔らかい生地は、肌への摩擦も少なく、肌着やパジャマ、寝具といった素肌に直接ふれる製品に最適とされる。  アレルギー反応が極めて起こりにくいことから、医療現場では外科手術の縫合糸として使用されるケースもある。

乾燥肌、敏感肌の救世主に

 前述した18種類のアミノ酸の中でも、肌の水分量を保つ重要な保湿成分「セリン」がシルクには約30%も含まれている。このため、天然繊維のなかでも保湿力が高く、さらに調湿効果もあり、肌からの水分蒸発を抑える働きがある。

 秋冬の乾燥対策はもちろん、吸水・吸湿にすぐれているため夏でも蒸れを感じにくい。またシルクの糸は表面に無数の小さな穴がある多孔質構造となっており、冬は空気の層で体温を保ち、夏はその通気性によって涼しい。

 肌着にシルク素材を用いることで、炎天下の屋外から冷房の効いた室内に入った場合も、いつもの不快感が軽減されるというわけだ。シルクの肌着は〝天然のエアコンインナー〞といわれ、一年中快適に着用できる。天然素材が持つ温度調節のおかげで夏場の冷え性対策にも大いに活用できそうだ。

繭はそもそもカイコの〝防護服〞

 そもそも繭はサナギにとって、自然の風雨や温度変化、外敵から身を守るための防護服だ。菌の繁殖を抑えるのはもちろん、暑さや寒さ、蒸れによって中でサナギが死んでしまわないように、保温性や通気性、吸放湿性、紫外線から守るなどの機能を自然に備えている。また、においなどで外敵から気付かれないように脱臭効果も高い。命を守るためのさまざまな機能が、小さな繭に備わっている。

シルクの原料になる真っ白な繭玉

五感の最高級は肌ざわりとも

 繊維の歴史を振り返れば、絹の肌ざわりをコピーしようとして生まれたナイロンは結局絹を追放できなかった。ナイロンよりも秀でた合成繊維も続々と開発されたが、いまだに絹を追放できてはいない。

 人間の五感を大脳の神経密度の高いものから並べると、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の順になり、これが「高級」の順になるという。

 わかりやすく言えば、人間は豊かになると、目や耳での満足では飽き足らず、舌の満足を求めるようになり、最終的にはにおいや肌ざわりを求めるようになるということだ。

 そう考えると、シルクは希少性や高価な部分に価値があるのではなく、人間の五感で最も高級な段階を満足させる特徴を備えていることに他ならない。この辺りが「繊維の女王」と称えられる理由なのかもしれない。

製糸工場で繭玉から生糸を取る工場
肌着によく使われる絹紡糸

メイド・イン・ジャパンのシルクを目指す

 数年前まで営業職で外回り勤務をこなしていたモイストリの邦枝哲也社長。シルクを日本の産業として再生させようと目指すようになったきっかけは何だったのか。

「シルクの最大のデメリットを特許技術で改善した」と話す邦枝さん

 「20年前、シルク繊維を取り扱うことになったのを機に肌着で試してみたところ、まったく不快感がなかったことに驚きました。できるだけ重ね着を避けたい夏場でも、汗を吸収し、すぐに乾く。着ないより着た方がいいと思った肌着は初めて」とシルクに魅了された経緯を話す邦枝さん。

 消臭効果も気になって「試しに2、3日着続けてみた」(邦枝社長)が、においはさほど感じなかったという。実際に「実験的に1カ月着用し続けても、ほぼにおいがしない」と大学の研究結果もある。

 その性能の高さを身をもって体感した邦枝さんだったが、シルク製品があまり市場に出回っていないことに疑問を抱く。

 その理由について、「洗えば毛羽立ち、風合いが落ちる。手入れが大変な素材の割には値段も高い。このため需要が少なく、生産者も減る一方にある」と分析。

 明治時代には日本の輸出品目で5本の指に入っていたシルク。最盛期には221万戸あった養蚕農家も現在では160戸程度にまで減少している。

 「繭づくりの最適な気温は28度前後。加えてエサとなる桑の葉の収穫時期も重ねると春と秋の年2回。一年の売上をこの2回に集約させるわけだから、当然シルクの値段も高くなる」と状況を説明しながら、「わずかに残った生産者や技術者の高齢化も進み、このままでは輸入に頼るしかなくなると危機感を覚えた。大好きなシルクを次世代につなげたいという思いで会社を立ち上げた」と振り返る。

管理された環境の中で飼育される蚕

じゃぶじゃぶ洗っても毛羽立たない

 ただ、「好き」というだけでは事業の存続は難しい。もともとニッチな分野であるうえに、使いにくく高額なものを提供していれば、いずれ淘汰されてしまうからだ。

 このため、邦枝さんは「洗えない」「すぐに毛羽立つ」というシルクの最大のデメリットに目を付け、特許技術で改善し「ウォッシャブルシルク」を開発。洗濯機でじゃぶじゃぶ洗っても毛羽立たないシルク100%の「モイストリ・シルクインナー」を商品化した。年中着用でき、150回洗ってもシルク独特の風合いを損なわないのが特徴。無駄な中間マージンの発生を抑え、従来品よりも低価格で供給できるよう工夫した。

 「肌着メーカーにいた経験がここで生きた。原料元から各製造工程のすべてを知り尽くしていたからこそ実現できた」と話す。「この産業を応援してくれる人やシルクのファンの輪をどんどん広げ、将来的には日本の一つの産業として盛り上げていきたい」(邦枝さん)と夢は広がる。

 実はシルク事業の裾野は広い。原料を生産する養蚕業を国内でまかなえるようにできれば、保湿成分のセリシンを化粧品に使うことができるほか、健康食品をはじめさまざまな用途へも転用が可能になるからだ。邦枝さんの挑戦はまだはじまったばかりだ。

(右)ウォッシブル加工をしていない通常のシルクを3回ほど洗濯。毛羽立ちが目立ち風合いにも変化が。(左)はウォッシブル加工済みのシルクを20回洗濯機で洗ったもの。シルクの風合いが損なわれていないのがわかる。

<取材協力>株式会社モイストリ/大阪府寝屋川市池田旭町24-48/電話072(827)1612