【葬儀の現場から】エンディングライフサポート葬祭
深夜1時を回った頃、エンディングライフサポート葬祭(大阪)に一本の電話が入った。「父が突然亡くなりました」。受話器の向こうで娘の声が震えていた。
父親は現役の訪問歯科医師。患者の自宅を巡回し、最期まで診療を続けた。血液の病気を抱えながらも、「信頼できる先生」と慕われ、穏やかな品格で知られた人物だった。
訃報はあまりにも唐突だった。娘はまだ38歳ほど。しかも約1年前、母親を亡くしたばかりで、その葬儀では父が喪主を務めたばかりだった。二度の別れが、こんなにも早く訪れるとは思ってもみなかった。
葬儀が終わり、自宅の仏壇の前に戻ったとき、娘は一枚の紙を見つけた。父の直筆で書かれた「尊厳死宣言書」だった。

宣言書はいつ書かれたものか。母親がまだ元気だった約3年前、父は自らの意思でこれをしたためていた。延命のためのチューブ挿入の拒否、抗がん剤投与の拒否――医師としての専門知識に基づき、具体的な医療処置の可否が細かく記されていた。さらに「自宅で穏やかに逝きたい」という言葉も添えられていた。
「まさかこんなことになるとは」と娘は振り返りながらも、父の言葉は迷いを取り除いてくれたという。家族は宣言書の通り、在宅での看取りを選んだ。父親の意思が明確だったからこそ、家族は悩まず、父が望んだ形で最期に付き添うことができた。「父は最期までドクターでした」その言葉には、自らの最期についても責任を持って準備した父親への敬意が込められていた。
この事例に立ち会ったエンディングライフサポート葬祭は、「遺族や周囲の人が理解しやすいメッセージを、元気なうちに残してほしい」と呼びかける。宣言書は遺族への「贈り物」だという。判断を他人任せにせず、家族の負担を先回りして軽くしておく。それがこの父親の最後の親心だったと、同社はいう。
尊厳死宣言書はまだ一般には浸透していない。司法書士など専門家の間では作成が増えつつあるが、多くの人はその存在すら知らない。政府が推進した11月30日「人生会議の日」も、「縁起が悪い」という声に押され、広がりを欠いたままだ。
一方で、自筆の書面にこだわらず、ビデオ録画やデジタル記録で意思を残す動きも若い世代を中心に出始めている。形式よりも「家族が迷わないための材料」を残すことが本質だと、同社は話す。
高齢化が進む社会では、老いるほど身近な縁者が減っていく。甥や姪との関係も薄れ、疎遠だった親族が財産問題だけを携えて現れるケースも少なくない。そうした場面で、本人の意思が書き留められていれば、それが何よりの道標になる。
「お金のことより、どう生きてどう逝くかを考えてほしい」。この父親が遺した一枚の紙は、残された家族だけでなく、現代の私たちに静かに問いを投げかけている。
<取材協力>エンディングライフサポート葬祭/大阪市阿倍野区阿倍野筋5丁目13−10/電話(0120)805787
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