【回想 大阪・関西万博】外食パビリオン「宴」 最多220万人来館 万博が映した外食の底力

 大阪外食産業協会(ORA)の会長で、お好み焼き千房の中井貫二社長がこのほど、大阪市内で開かれた交流会で、昨年の大阪・関西万博にORAが出展した外食パビリオン「宴〜UTAGE〜」について振り返った。中井さん自身、会期中には90回、会場に足を運んだという。(佛崎一成)

万博閉幕日の10月13日、外食パビリオン「宴」の前で成功を喜ぶ関係者ら=(一社)大阪外食産業協会提供

 中井さんが強調したのは、万博と外食産業の関わりだ。日本で外食が「産業」として伸び始めた転機を1970年の大阪万博と位置づけ、「(万博を機に)世界の食文化が日本に流れ込み、ファストフードやファミリーレストランなど新しい食のスタイルが広がった」と説明した。チェーンストアビジネスが70年前後に台頭したことにもふれ、「55年が経ち、もう一度万博に食を出したい。恩返しの思いで出展した」と語った。
 パビリオンを出展したORAは飲食店約1万2000店舗、従業員約17万人規模の外食団体だ。会場では北前船をモチーフにした派手な外観で来場者を迎えた。1階は9つのブースが並ぶフードコート形式。2階は食文化や背景にふれる体験・展示エリアにし、「食べる」だけでなく「知る」も組み込んだ。
 千房の出店ではお好み焼きのスナックや万博限定メニューなどを展開。物価高の中で「できるだけ価格を抑えた」と説明した。なかでも目玉はビールだったと言い、「会場で一番安い」を掲げてにぎわった。さらに「お好み体験教室」を開き、社員が焼き方を教えるブースは連日盛況。吉村洋文知事も参加し、マヨネーズさばきの腕前に「私よりうまかった」と笑いを誘った。

揺れた万博出展

 一方で、出展までの道のりは平坦ではなかった。コロナ禍の当時、外食産業は大きな影響を受けており、必要な資金を確保するのに苦労していた。
 ORAの会長に就任直後だった中井さんは「博覧会協会を訪れるまさにその日、すっぱ抜きで内定辞退の報道が出た」と明かした。ここから状況が一変。協会側は辞退を避けるため、規模を縮小するなど協議を継続し、何とか出展にこぎ着けた経緯があった。
 「この記事のおかげで、万博に出展できたと言っても過言ではない」と中井さんは振り返る。
 結果は想定を上回った。「当初は110万人来れば成功と考えていたが、最終の来館者は220万人を超えた。13ある民間パビリオンの中で最多だった」と中井さん。売上は10億円以上、出展参加企業は約400社となり、「大成功だった」と総括した。平均客単価は1200円ほどで、「買いやすさが追い風になった」と分析する。
 中井さんは最後に、「万博を通じて『食』が大阪の強みとして改めて可視化された」と語った。180以上のパビリオンの約7割が何らかの食の展示や提供を行い、海外パビリオンも含めて来場者は多様な食を楽しんだ。中井さんは「外食はなくても生きていける。でも人は外で食べたくなる。そこにはコミュニケーションがある」と締めくくった。
 大阪の食の底力を示した今万博。その舞台の中心となった「宴〜UTAGE〜」は人々の記憶に深く刻まれたに違いない。

出展までの苦労を語った中井さん=大阪市内
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