寝屋川市 広瀬市長に聞く 三段構えで即時停止へ

 大阪・寝屋川市では今、「いじめゼロ」に向けた取り組みが効果をあげており、各自治体が視察に訪れるなど全国的に注目されている。この「寝屋川モデル」のついて広瀬慶輔市長にくわしく聞いた。 (聞き手・U.K./文まとめ・竹居真樹)

子どもの平穏が最優先

「寝屋川モデル」について説明する広瀬市長(右)とインタビュアーのU.K.さん

 ─「寝屋川モデル」を始めたきっかけは。

 2019年に市長に初当選してからすぐ、いじめ対策に着手した。寝屋川市は1970年の大阪万博前後の15年間で、人口が20万人規模に急増した。十分な都市計画が整備されないまま次々と住宅が建てられてしまったので、道路は狭く、古い家が立ち並んでいる。
 こうしたハンディキャップを抱えたまま、寝屋川市で新たに住環境を整えようとすると、ものすごく時間とコストがかかる。このため、住環境に匹敵する教育環境を整える方が最短だと判断した。子どもたちがいじめのない環境で安心して学べることは、子育て世代に選ばれる要素になる。

 ─教育の自主性や独立性を重んじるために、国や自治体は不当に介入してはいけない原則があるが。

 おっしゃる通り、教育委員会や学校は独立した組織だ。いじめ問題は従来、そこで解決させなければならない。しかし、「なぜ、いじめが起き、重大事態に至るのか」を分析していくと、原因は必ずしも学校内にあるとは限らない。教育的アプローチだけではすべてを解決し切れないのが現実だ。

 ―教育的アプローチとは。

 いじめ問題に対し、学校が行うのは「教育的な指導による人間関係の再構築」だ。先生は双方を児童・生徒として導く立場にあるから、いじめる方を犯罪者扱いできない。確かに9割以上は教育的アプローチで解決するが、人間関係の再構築には時間がかかるという副作用もある。いじめられた方の不信や傷を長引かせれば、事態を複雑化させてしまうことがある。
 そこで市長直轄の監察課を新設し、教育と切り離して〝人権問題〟として扱う枠組みを整えた。

 ─教育アプローチの一方、監察課はどのようなアプローチを行うのか。

 監察課は弁護士経験者らで構成しており、いじめの即時停止を目的としている。転校や別室登校、物理的遮断も含め、1カ月以内には絶対に停止させる。ここでは「加害児童・被害児童」という用語をあえて使い、教育問題ではなく人権問題として扱う。
 さらに外側には、法的アプローチも用意している。被害者側が民事・刑事で責任を問う場合の弁護士費用(30万円程度)も市が負担する。被害児童が転校する場合の費用も支援する。対応がまずかったとして、市や教育委員会を相手取る訴訟に使っても構わない。
 学校の教育的アプローチと監察課の行政的アプローチ、その外側に法的アプローチが控える〝三層〟になっている。

 ─転校は加害児童を転校させるのか。

 法の制約上、加害児童を強制転校させることはできないため、被害児童の転校を提案することがある。保護者からは「なぜ、被害者側が転校するのか」という抵抗はあるが、1日も早く子どもが安心して学べる環境を整えることが最優先と考えている。つまり、「正義の追及」と「子の平穏確保」を分けて考えるよう説明している。

 ─取り組みの効果は。

 いじめの発生抑止は確実に働いていると見る。スーツ姿の監察課が学校にやってきて、別室に連れて行かれ事情聴取をされるわけだから〝見える抑止〟も効いてくる。

 ─いじめの認知件数は増えているが。

 小さな細かい事案も拾いはじめているからだ。件数の増加を悪いこととして捉える風潮もあるが、それは間違いだと思っている。認知件数を減らそうと思えば、「これはいじめではなく、人間関係のトラブルだよね」「友達関係のもつれだよね」と問題をすり替え、公表数を減らそうとする。そうではなく、「感じたらいじめ」として早期にカウントし、小さな芽のうちに問題を摘み取ることが重要だ。

 ─ところで、どうやっていじめを認知しているのか。

 月に1回、通報ビラを全校に配布し、封をしてポスト投函すれば監察課へ届く仕組みになっている。届いた当日か翌日には監察課が学校へ聞き取りにやってくるというルールだ。今では被害児童以外の子も通報するようになり、それを勇気と賞賛される空気になっている。こうなると加害児童にとって「誰にいつ通報されるかわからない」から抑止は確実に働く。
 情報収集というと受け身の姿勢に見られがちだが、我々はチラシを継続して配布することでクラス内の通報文化を高める攻めの情報収集と考えている。

 ─寝屋川市のいじめ対策が全国的に有名になり、転入者が増えていると聞く。

 私が市長に就任する前年までの約10年間、寝屋川市では転出超過が続いていたが、1年目に半減、2年目にはさらに半減、3年目には約10年ぶりに転入超過した。昨年も約450人の転入超過だ。転出入に関するアンケートを見ても、いじめ対策に言及する記述が見られる。教育の安全は住民の動きを左右する。

 ─保護者へ伝えたいことは。

 最優先するべきは子どもの平穏。加害側の責任追及や損害回復は後で正面からやればいい。それよりも、いじめられた側の登校できない日々が半年、1年と延びれば、その子の人生に大きな影響を及ぼしてしまう。転校はネガティブではない。寝屋川には23の小学校があるが、市域は縦6㌔、横6㌔の過密都市で隣校の距離も近い。安全な学びの環境確保を最優先に、その上で法的責任を問えばいい。
 いじめの即時停止と学びの質向上を両輪に、子どもたちが安心して学べる街にしていきたい。

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