Spyce Media LLC 代表 岡野 健将
ニューヨーク州のスーパーマーケットで10人が、テキサス州の小学校で21人が銃撃によって殺害されたアメリカとは一体どんな国なのか? 簡単に言うと人権よりも銃を所有する権利を優先する国です。
アメリカは銃社会で皆が銃を所有していると思われがちですが、実際は全世帯の中で銃を所有している世帯は半数以下です。しかし人口3億2700 万人の国で4億丁近くの銃器が国内に存在しています。これらは合法的に入手されたもので、それ以外にこの数以上の違法な銃器が国内に出回っているのが現状です。
銃器はそんなに簡単に入手できるものなのか? できます。上記の事件や近年発生した多くの大量殺人で使用されたAR15と言うライフル型の銃(Long Gun)はほとんどの州で18歳以上であれば、10分程度で済む簡単な犯罪歴チェックだけで購入できます。AR15は元々戦争で使用する目的で製造された殺傷力が高く使いやすい武器です。また拳銃(Hand Gun)も21歳以上であれば殆どの州で簡単に購入できます。安いものだと100ドル以下ですし、違法で入手するならもっと安く購入できたりもします。弾丸の購入には数の制限がないため、テキサスの事件では犯人は375発もの弾丸を購入していました。これらの銃器は銃砲店だけでなく、ショッピングセンター等でショーケースに入って販売されていて、誰でもが手に取って触ったり購入できます。私も在米中にケースに入った銃器や壁に掛けられているライフルなどを何度も見た事があります。
今回の様な銃による大量殺人はこれまでにも繰り返し起こっていましたが、近年はその頻度が増していると感じますし、動機の部分で人種差別がより強くなってきているのは統計などからも明らかです。
2014年に発生した大量殺人の際に、保守派の男性は「お前の子供の死が憲法で保証される俺の権利を踏みにじる事はできない」と発言し、物議を醸しました。私も何度もアメリカ人と銃規制について議論した事がありますが、この発言をした人の様にかたくなに憲法で保証されている権利を主張し、全く議論にすらならなかった事を覚えています。大学のクラスメートの1人は、自分の友人が銃で殺害されたにも関わらず銃規制には反対していました。
では、その憲法が保証する権利とは何かと言うと、合衆国憲法修正条項第2条に記されている権利で「何人も銃器を所有する権利を保証する」と言うものです。表現の自由や人間らしく幸福に暮らす権利と同じ様に銃器を所有する権利が認められているので、それを根拠にあらゆる銃規制は憲法違反だという訳です。
アメリカは1776年に独立し、86年に合衆国憲法が制定され、91年に修正事項が付け加えられました。91年という時代は映画の「ビリー・ザ・キッド」や「荒野の7人」の時代です。腰に拳銃を下げた人たちが普通に町中にいて、喧嘩(けんか)になれば決闘でケリをつける。荒野を旅すれば武装盗賊にに襲われる。だから銃器を所有する必要があった時代です。それから230年近く経っているのに、この条項は修正される事なく今も銃規制反対派の拠(よ)り所として存在しています。
ではなぜ憲法を変えられないのか? それは国会議員が銃規制に反対するからです。国民の多くが、統計的には半数以上がより強い銃規制を望んでいるのにできない理由は、National Rifle Association(NRA)という銃規制反対の業界団体の存在です。莫大な資金力で強烈なロビー活動を行い、選挙になると多額の寄付金を提供し、会員を導入して候補者を支えるため、銃規制に賛成した議員は次の選挙で確実に落選させられてしまうので、議員でいたいのであれば逆らう事ができないのです。NRA が代表する銃関連産業の規模は8兆円弱もあり、同業界で雇用されている人数や関連企業なども含めるとその影響力の大きさは簡単に想像がつきます。
とは言え、今回立て続けに発生した銃器による大量殺人によってアメリカ社会は大きく揺れ動いています。少なくとも犯罪歴のチェックの強化や購入可能年齢の引き上げなど最低限の銃規制強化への動きは見せています。
しかし根本的に禁止したり厳しく取り締まるという様な動きは全くありません。テキサスの事件で多くの人が喪に服していた週末に、同じテキサス州で NRAの年次総会が開催され、そこでトランプ元大統領は、今回の事件を受けて、「学校から銃をなくすなんて馬鹿げた事はやめて全ての教師に銃器を所持させればよい」という乱暴な発言をしています。
2020年、19歳以下の死亡原因で銃による犠牲者が 4300人に達し交通事故を上回りました。9・11テロで亡くなった人は3000人弱です。銃による大量殺人事件も頻発しています。海外でテロや虐殺が起こると直ぐに正義の鉄拳を振るうのになぜ国内のテロや虐殺は黙殺するのか? 今、アメリカが、アメリカ人が自らの倫理観を問われているのではないでしょうか?
【プロフィル】 State University of New York @Binghamton卒業。経営学専攻。ニューヨーク市でメディア業界に就職。その後現地にて起業。「世界まるみえ」や「情熱大陸」、「ブロードキャスター」、「全米オープンテニス中継」などの番組製作に携わる。帰国後、Discovery ChannelやCNA等のアジアの放送局と番組製作。経産省や大阪市等でセミナー講師を担当。文化庁や観光庁のクールジャパン系プロジェクトでもプロデューサーとして活動。