【わかるニュース】「日銀の利上げ」って何? 預金利息⬆、物価⬇ホント!?

新紙幣の発行開始を受けて日本銀行本店を視察した岸田文雄首相(右)と日銀の植田和男総裁=2024年7月3日(代表撮影:ロイター/アフロ)
新紙幣の発行開始を受けて日本銀行本店を視察した岸田文雄首相(右)と日銀の植田和男総裁=2024年7月3日(代表撮影:ロイター/アフロ)

 日本中がパリ五輪で夜ふかしが続く最中の7月31日、日本銀行(日銀)が政策金利を0・25%へ引き上げることを決めた。同時に1年半先となる2026年1~3月を目標に国債の買い入れペースを現行の半分まで減らす計画も決めた。
 実はこのニュース、一般にはほとんど関心がない。日銀に直接預金を預ける訳でもないし、国債を売買する人もごく少数だろう。にもかかわらず、世の中では日米の株価が急落し、為替は一気に円高ドル安に。「何がどうなっているのか?」を、お盆休みにゆっくり読んで考えてみよう。

日銀の役割とは?
利子ある世界、預貯金回帰

「金利上げ」の意味とは?

 まずは日銀が政策金利を上げると、私たちの生活にどんな影響が出るのだろう。主には次の4つだ。
①銀行などの預貯金の利子が増える
②住宅ローンの金利が上がる
③企業や個人が金融機関から融資を受ける時の金利があがる
④米国は日本と反対に利下げに向かっているから、これまで続いた「円安ドル高」が逆転し、輸入品が安くなる
 日銀の利上げによって、市中の銀行は現在の普通預金の年利0・02%を5倍の0・1%へ引き上げる。今年3月まで同0・001%だったわけだから、たった5カ月で利息は100倍になったことになる。これはリーマンショックで世界が不況に陥った2008年11月以来16年ぶりの高水準。当然、定期預金はもっと利息が上がる。乱高下する株式と違い元本保証だから、手持ち資金の一時避難先として有効と見られ、タンス預金や投資先から預金への回帰が増えそうだ。
 本来、金融機関は利息を付けることで預貯金を集め、個人や企業に貸し出して利子の差額でもうけるビジネス。それがアベノミクスで日銀はマイナス金利という異次元の金融緩和を行ってきた。今回の利上げははっきりと「アベノミクスとの決別を政府・日銀が決めた」という点で大きな意味がある。金融機関にとって、本来の預貯金獲得競争と融資ビジネスに回帰する日常に戻ろうとしている。
 住宅ローンはメガバンクの場合、「変動金利」の年利は0・398%、「固定金利」で『フラット35』の場合は35年返済で1・84%。利用者は変動型が75%、変動+固定が18%、固定型が7%程度で、これまでは「金利が上がることはまずないので、利率が低い変動型が有利」と判断されてきた。
 米国は利率の上げ下げが頻繁で16年まで日本と同じようにほぼ金利ゼロだったが、トランプ大統領の時代に少しずつ上がり2%ぐらいまで行った。しかし、コロナ禍で再びほぼゼロに。それが22年にいち早くコロナ禍を脱して金利を上げ、今では5%超と22年ぶりの高水準に。このため米国の住宅ローンは9割が固定制で、30年の場合、平均6・74%と高率。彼らから見れば「日本人は変動制でローン返せるの?」となる。「日銀の政策金利はまだ上がる」のはほぼ確実だが、それが「3%程度まで行く」と考えるなら固定金利の選択もアリだろう。
 ただし、植田日銀総裁も指摘する通り、住宅ローンは「5年ルール、125%ルール」で消費者は守られている。変動型でも利上げによって返済額が増えても5年程度の経過措置を設け、総額は元のローン額の最大25%しか増えない仕組みだ。急に返済額が増えても慌てる心配はないが、増額分は後年に先送りされるだけだから返済総額が増えることに違いはない。

中小企業に更なる試練

 民間企業が借り入れた資金の利息上昇分はすべて持ち出しだ。コロナ禍で中小企業の救済策として国が実施した「ゼロゼロ (実質無利子・無担保) 融資」は総額42兆円に達した。今春から返済が始まっており来春がピークだが、人件費と原材料費の高騰で業績低迷が続き、返済ができず借り換えが必要になるケースもかなり出ている。今後は上がった金利が適用されるだけでなく、金融機関も融資基準を厳しくしてくるダブルパンチに。
 折からの円安で輸出関連の大手企業とインバウンド関連企業はコロナ禍から業績が急回復したが、他は依然低調。特に中小企業はこれから金利上げが何度か続くと、資金的にショートするケースも出てきそうだ。

日銀の役割って?

 7月に20年ぶりに新紙幣が発行された際に「日本銀行券」と記されていて、改めて日銀を意識した方も多いのではないだろうか。
日銀の大きな役割の一つがこの紙幣発行だ。目的は紙幣の流通量を調節しながら経済をコントロールするためだ。例えば、市中に出回るお金の量が増えれば当然、お金よりもモノの価値が上がるから物価上昇の効果がある。逆にお金の流通量が減れば、市中でお金を獲得することが難しくなり、モノの値段を下げてお金を得ようとする動きになり、物価を下げる効果がある。
 その具体的なやり方として、国債を売買して景気をコントロールする日銀の「公開市場操作(オペレーション)」がある。市中に出回るお金を増やしたい場合、日銀は政府が発行した国債を買い取って、その代金として紙幣を発行する。逆に日銀が国債を売ったり、買うペースを緩めたりすることは市中のお金を減らす行為となる。つまり、私たちが資産だと思っている日本銀行券と書かれたお札は、日銀からすれば借用証書。現在、日銀が保有する国債は、政府が発行した額のほぼ半分にあたる約600兆円に上る。つまり、市中にそれだけの額のお金を流通させたということだ。
 日銀には、お金の流通量を調節することと、もう一つ重要な役割がある。それは金利の操作だ。金利を上げればお金が借りにくくなって過熱した経済を冷ます効果があり、金利を下げればお金を借りる人が増えるので経済を過熱させる効果がある。
今回の発表で、日銀は国債の買い入れ額を10%程度ずつ縮小し、1年半後には約600兆円の残高を7~8%程度減らす計画。単純に考えると国債の需要が減るわけだから価格は下落し、一方で長期金利が上昇するから国債暴落の危険性が出てくる。
 最後は「銀行の銀行」機能。日銀がお金の預け入れを受け付けるのは、政府や政府系組織以外では銀行など市中の金融機関だけ。一般の企業や個人とは取り引きしない。
 市中銀行が日銀に資金を預け、日銀は市中銀行に資金を貸す。この時の預かり利率の一部に、最初に出てきた「政策金利0・25%」が当てられる。黒田前総裁のアベノミクス時代は、これがゼロどころかマイナス金利だった。つまり市中銀行にとっては預けたら手数料を取られる格好になり、低金利で無理やりにでも手持ち資金を顧客に貸し出すしかない状況に追い込まれていた。アベノミクスはこのようにして市中をお金でジャブジャブにし、物価が上がらないデフレ時代から脱却しようとした。

「円安SOS」へ助け船

 日銀はなぜ7月中に利上げを発表したのか? 専門家の間では「8月に4~6月のGDP(国内総生産)の個人消費のプラス転換が確認されれば9月の金融政策決定会合で利上げ発表?」という観測が強かった。植田総裁は前任者と異なりデータ重視で官邸の言いなりになるタイプではないからだ。
 それが2カ月繰り上がったのは〝出口の見えない円安〟続伸が引き金になっている。7月3日には38年ぶりとなる161円台となり、財務省が円を買う為替介入もさっぱり効果無し。輸入に頼る石油などエネルギー原材料や小麦など食品はずっと高値で推移、物価高は長引くばかり。9月に自民党総裁選を控える岸田総理周辺からは悲鳴にも似た「円安是正」の声が上がっていた。
 利上げ効果はてきめんで、外国為替は一時146円台にまで円高に振れた。今後は米国FRB(日本の日銀に当たる連邦準備銀行)が9月に利下げを準備しており、日米金利差はさらに縮まる。仮に11月の大統領選でトランプ前大統領が勝てば「ドル安誘導」を示唆しているから、さらなる円高も期待できる。ただし2年半前の「1㌦110円」水準を期待するのは早計。今の日本経済の実力では「1㌦140円」がせいぜいと思った方がよい。

バックは財務官僚

 日本経済が強ければ、円が多少高くなっても外国に物を売る力が出る。高度経済成長時代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」がそうだった。伸びる企業は高い金利でも金を借りて人材と設備に積極投資し、競争力のある商品を作って売り、借金を返した。それができるのが優秀な経営者だった。
 ところがバブル崩壊後の日本企業は、生産設備・人材・借金をすべて縮小し、身の丈を小さくし生き延びを図った。政治も失業者増大を恐れ「給与を減らしてもいいから、クビにだけはしないで」という政策を執り続けた。結果、この30年間で企業の内部留保は4・4倍、株主配当金は7・7倍まで増えたのに、社員給与は1・5倍にしかなっていない。研究開発費を減らすなど方向性を間違えたコストカットがさらなる企業弱体を招き、「弱い円」を生み出した背景にある。
 大事なのは岸田政権がアベノミクスと完全決別したことだ。安倍・元総理が亡くなり、彼が率いていた自民党安倍派も裏金問題で解散、5人衆と呼ばれた派閥次期リーダーも謹慎状態。
 歴史に「もし?」はないが、4年前の自民党総裁選時のように安倍氏とその派閥が元気なら、簡単には政策金利上げはできなかった。岸田政権を支える財務官僚の忍び笑いが聞こえてきそうだ。