【お好み焼き千房・中井貫二社長】バランスシートからは見えない 飲食業最大の資産は〝従業員〟

 大阪で〝千房〟の名を知らない読者はいないだろう。昨年、創業50周年の節目を迎えた同社を率いるのは、創業者の中井政嗣会長の後継者だった長兄の急逝に伴い、証券マンから転身した3男の中井貫二社長だ。千房という大阪を代表する企業の舵取りを行う一方で、25年の大阪関西万博には会長を務める大阪外食産業協会のパビリオンも出展し、日本の食を世界へ発信する。

(インタビュアー/阪本晋治 ・ 佛崎一成)

「証券業も飲食業も全人格格闘技」と話す中井社長

─証券マン時代は順風満帆の生活を送られていた。家族を東京に残したまま大阪に移る決断ができたのはなぜか。

幼少期から父に「誰のおかげで飯が食えるか、わかっているか? 言っておくがオレじゃない。千房の従業員が夜遅くまでお好み焼きを焼いて店を切り盛りしてくれるからや。従業員のおかげや」と言われ続けてきた。

入社式や社員旅行、実家にも従業員がやって来て一緒にご飯を食べ、私にとっては家族同然だった。その従業員が困っているなら恩返しするのが筋。やらない選択肢は私の中になかった。

─業種がまったく異なるが。

ただ、証券業も飲食業もすべての人格をさらけ出し、お客様にぶつからないと立ち回れない〝全人格格闘技〟という面では同じだ。 

ゼロから物を作って消費者に提供し、その場でジャッジが下る。おいしくなければ二度と来てもらえないし、満足してもらえればまた来てもらえる。証券業も飲食業も人を磨いていくことに尽きる。 

─新しい環境にどう適応していったのか。 

事業を継承するとき父から2つの約束があった。一つは野村證券時代のことを引き合いに出さないこと。「前職ではこうだった。大企業のやり方は…」といえば偉そう聞こえるし、従業員からすれば懸命に積み重ねたものを否定された気持ちになるからだ。 

もう一つは、今日入社したアルバイトへも感謝をすること。自分のために働いてくれる従業員に感謝し、寄り添うことだった。 

─最初に取り組んだことは。 

幹部で集まり、千房の長所と短所の把握に努めた。そこから人事制度や働き方など改善するべきところは聖域なく改善した。従業員に寄り添うことで、従業員側も私に寄り添ってくれたのでスムーズに進められた。 

─人材をコストと見なす企業が多い中、従業員を家族のように大事にしている。 

組織はよくピラミッドに例えられる。通常は社長をトップに幹部、従業員の並びだが、千房は逆ピラミッドだ。お客様と接する現場のアルバイトや店舗社員がトップで、一番下が社長と会長だ。現場を最重要視する考えは創業時から変わっていない。 

飲食業の最大の資産はバランスシートには見えない「人」で、これをいかに磨くかだ。工場のロボットの生産性を2倍に上げるのは大変だが、人間はモチベーションを上げれば2倍にも3倍にもなる。半面、モチベーションが下がると簡単に10分の1になる。 

─飲食店スタッフの応対の仕方で、良い店か悪い店かは素人にもわかる。 

千房では前味・中味・後味の3つの味を大切にしている。「前味」は元気な「いらっしゃいませ」の笑顔。「中味」はお好み焼きの味。ソースとマヨネーズ、青のりと、一番大切な従業員の〝人間味〟をかける。「今、最高のお好み焼きができ上がったんで、食べてください!」と言われるとおいしく感じる。最後の「後味」はお客様のお見送りだ。見送る従業員の姿を見て、通りすがりの人にも「今度あの店に行ってみよう」と思ってもらえる。 

3つの味を作るのはすべて人だ。だから、従業員をいかに守り育成していくかだ。その根底は家族的な心だ。 

─元受刑者も従業員として積極的に採用していると聞く。 

創業した1973年は第一次オイルショック(石油危機)のまっただ中。お客様も来ないし、従業員採用も難しい状況にあった。こうした背景があり、学歴や職歴などの過去を一切不問にしたところ、刑務所を出所、少年院を出院した人も従業員として働くようになり、彼、彼女らが立派に更生し出世していった。 

こうした実績もあり、法務省から受刑者雇用を頼まれ、現在は元受刑者に仕事と住む場所を提供し、親のように面倒を見る「職親プロジェクト」に取り組んでいる。 

─罪を犯した者の半数が再犯に走ると聞くが。 

刑務所出所者や少年院出院者らの大部分は会社に雇用してもらえず、住む場所もない。つまり、社会に再チャレンジできないから再び犯罪に手を染めてしまう。この負の連鎖を断ち切るため、千房は受刑者らの受け皿になった。社会の偏見をなくすため、取り組みはオープンにしている。 

─加害者援助と言われることもあるそうだが。 

それは違う。我々としては新たな被害者を生まないために取り組んでいる。反省は一人でできるが、更生は一人ではできない。我々の教育は「教え育つ」ではなく「共に育つ」で、千房の人材育成の根幹はここから来ていると思う。 

─「共に育つ」の〝共育〟に同感する。私の空手道場でも、子ども、保護者、道場の関係の中で、互いに子どもの〝共育〟に取り組んでいる。それは昔、近所でできていたことだ。 

今、採用している元受刑者たちは、ほとんどが特殊詐欺の受け子や出し子だった。話を聞くと、子どもの時からDVや性虐待など不びんな家庭環境に育った子ばかりで、彼、彼女たちだけを責められない状況が分かる。しかし、社会は前科のある者を雇いたくない風潮にあり、働けないから再犯に走ってしまう。 

─孤独化していく社会構造の中で、千房は愛情にあふれている。受け皿となる企業が増えることを期待したい。 

さて、大阪では万博開催が近づいている。中井社長が会長を務める大阪外食産業協会(ORA)もパビリオン出展される。 

大阪は昔から天下の台所と言われてきた。これは日本の食材をいったん大阪に集め、江戸や京都に送る機能を果たしてきたからだ。こうして大阪に〝商い〟が生まれたのだが、商売にはお金が絡むので、どうしてもコミュニケーションがギスギスしてしまう。そこで大阪人は〝お笑い〟を絡めていった説がある。 

つまり、食とエンターテインメントが切っても切り離せないのが大阪だ。日本全国の食をしっかりアピールするため、パビリオンを出展することを決めた。 

─創業50周年の節目だが、飲食業で50年は奇跡に近いと思う。一般には、企業の10年生存率は数%と言われ、長く企業が生き残るには、時代に応じて業態転換などを積極的に進めることが大切だと聞く。 

私は一風堂(力の源ホールディングス)の河原成美社長が好きで、同社には「変わらないために変わり続ける」という社是がある。変えてはいけないものを守り続けるには、変わり続けないといけないという逆説的な発想だ。 

ただ、商売において確かに50年はすごいかも知れないが、京都では200〜300年は当たり前。これらの大部分は有名でなく、無名の企業ばかりだ。 

つまり言いたいのは、地味に目立たずやり続けること。商売は牛のよだれと同じで、長くダラダラやり続けるのが一番良いということだ。半面、流行ると廃る。〝商売と屏風は広げすぎると倒れる〟ということだ。 

─目からウロコが落ちる話だ。 

我々の商売には人気も必要だが、人気になりすぎるとよくない。メディアに取り上げられ、飛ぶ鳥を落とす勢いになると恐い。一世を風靡(び)したらブレーキを踏むことが大事だ。 

実際に千房は2回ほど倒産しかけた。バブル期に道頓堀に50億円の自社ビルを購入したが、バブル崩壊で不動産価値は3億円に暴落。債務超過に陥ってしまったことがある。河島英五さんの「時代おくれ」の歌詞にあるように、目立たぬように はしゃがぬように、地味にやり続けるのが商売の基本だ。 

─そう考える根底にはどういった思いがあるのか。 

創業者の父もよく言うのだが、「千房は中井家のものではなく、大阪のものだ」と。阪神タイガースがもはや阪神電鉄のものではなく大阪のものであるように、千房という大阪の宝を必死で守らねばと考えている。 

─お金でもない地位でもない、みんなから愛されているものを守る使命感というか。 

だから、千房らしさを見失ってはならない。千房には「やわらかな発想で、らしさを大切にして、かんがえたことは、すぐやる」の頭文字を取り「やらかす」という企業文化がある。「なんか、やらかしよんな千房は」「むちゃするな千房は」と大阪の会社らしいワクワクすることをやっていく。 

具体例として、千房はお好み焼き業界で12個の世界初をやってきた。百貨店への出店、高級ホテルへの出店、飛行機の機内食への採用などだ。

─今後のビジョンは。

売上増大や店舗拡大ではなく、私としては大阪の千房を守り、従業員へ恩返しをするだけだ。 

前職の証券会社に比べ、お好み焼き屋はまったく儲からない商売。従業員が一生懸命頑張っても、営業利益率はわずか3%だ。最初は「なんて儲からないんだろう」と思っていたが、分かったのは飲食業の従業員のやりがいはお金だけじゃないことだ。お客様の喜ぶ笑顔や「ありがとう」「また来るね」の感謝の言葉が毎日聞けることだ。毎日が感謝で満たされるこんな素晴らしい商売はないと思う。 

だから、雇用環境や待遇面などを改善して外食産業の地位を向上させ、お世話になっている従業員に恩返しする。世界一、従業員に幸せだと思ってもらえる会社にしていきたい。

中井貫二氏プロフィル

千房の創業3年目となる1976年に堺市に生まれる。慶應義塾大学を卒業後、野村證券に入社し、超富裕層向けのプライベートバンキング業務に従事。2014年に長兄の他界を機に、父・政嗣の創業した千房に入社し、18年に社長に就任。一方、大阪拘置所・和歌山刑務所の篤志面接委員として受刑者の改善更生に向けた面接、講話活動を行い再犯防止に取り組む。大阪外食産業協会会長や道頓堀商店会 副会長なども務める。

中井社長(左)とインタビュアーの阪本師範=大阪市浪速区の千房本社