腎移植の選択肢、排除しないで。透析に比べ寿命延びる 今村亮一教授・長崎大大学院

 慢性腎臓病の患者は国内に1480万人と推計され、20歳以上のおよそ7人に1人がかかっている新たな国民病と言われている。腎不全と聞くと透析治療の印象が強いが、腎移植の安全性も昔に比べてかなり向上している。腎移植の権威、長崎大学の今村亮一教授は治療の最前線をどう見据えているのか。阪本晋治が迫る。(佛崎一成)

日本の腎移植をけん引する今村教授

 ─今村先生の診療科は泌尿器科だが、マイナーな印象だ。

 そう思われがちだが、実は泌尿器科の診療領域は幅広い。よく一生を例えて「ゆりかごから墓場まで」と言われるが泌尿器科はもっと長く、出産前、つまり妊娠に関連する男性不妊症から始まり小児疾患、感染症や尿路結石、そして中高年齢層に比較的多い性機能障害や尿失禁、排尿障害まで一貫して診療している。国民病と言われる慢性腎臓病や腎不全も診療の対象だ。

 ─がんも対象か。

 もちろんだ。泌尿器がん(腎臓がん、膀胱がん、前立腺がんなど)の手術や薬物治療も行う。むしろがん治療が泌尿器科診療の中心。手術といえば、例えば腎不全や尿路結石が副甲状腺と関連することもあるので、意外に思われるかもしれないが首の手術も行う。外科と内科の要素を兼ね備えた幅の広い診療科なのだが、世間一般には泌尿器科がどういうものか十分認識されていない。最近増加傾向にあるが、医師の数もまだ不足している。特に女性医師が少ない。泌尿器科が手掛ける分野や、泌尿器科領域が医学の中でも重要な部分であるという理解を得ていかなければならない。

 ─腎機能が低下し、体内の正常な環境を維持できなくなる「末期腎不全」の時、現在の治療方法は。

 慢性腎臓病が進行した状態が末期腎不全であるが、治療方法、いわゆる腎代替療法は血液透析、腹膜透析、腎移植の3つがある。透析患者さんの予後は決して良いとはいえず、5年生存率は海外では50%程度だ。日本では約34万人が透析を受けている。海外の事情と異なり、日本では公的医療保険や助成で金銭的な補助があることと、多くの患者さんの診療で培われた医療関係者の優れた技術と経験があるため透析の治療成績は比較的良い。それでも心不全などの心血管系疾患や肺炎などの感染症といった合併症にかかりやすくなり、健常者に比べてどうしても寿命は短くなる。

 ─腎移植の場合はどうか。

 実は透析に比べ腎移植はすごく予後が良く、寿命、とくに健康寿命が延びる。毎日免疫抑制剤を飲まなければならないが、それ以外にはほとんど制限がない。もちろん塩分の摂取量や体重増加には気をつけてもらうが、全身状態は正常に近くなる重要な治療法だ。

 ─ただ、ドナーが必要だ。

 その通りだ。ドナーの存在なしにこの治療はできない。腎移植には、親族から提供してもらう「生体腎移植」と、脳死や心停止後の方から提供してもらう「献腎移植」がある。生体腎移植では健常者であるドナーさんにメスを入れるという問題点があり理想は献腎移植であるが、日本では約90%が生体腎移植だ。

 ─献腎移植の比率が少ない理由は。

 ドナーが少ないことが最大の理由。最近は臓器提供が増加傾向だが、腎不全の患者さんが臓器移植ネットワークに腎移植希望を登録後、提供いただくまでの平均待機期間は現在のところ13年弱。ただしこれは臓器提供を受けた方の平均待機期間なので、長期待機期間を経ても提供機会に恵まれない患者さんも大勢いる。

 現在、提供者本人の同意がなくても家族の同意があれば臓器提供していただけることになっているが、今後も社会の理解をいただき、どうドナーを増やすかが課題だ。救急医療の現場におられる救急医や脳神経外科医、メディカルスタッフなどにも理解を得ることが重要。臓器の提供を希望してくださる患者さんやご家族の貴重な意志に、行政を含め一丸となって答える体制を今以上にしっかり構築しなければならない。

 ─ブタの臓器を人間に移植する異種移植がトピックになっていると聞いたが。

 ブタは繁殖能力が高く、腎臓は人間とほぼ同じサイズであることから、長年研究が行われてきた。これまで免疫学的バリアーの問題で十分な結果が得られなかった。近年「クリスパーキャスナイン」という遺伝子改変技術が構築されたおかげで、このバリアーを克服しうるブタが開発され、拒絶反応を抑制できるようになってきた。異種移植は急速に現実味を帯びてきている。2024年9月にトルコのイスタンブールで行われた国際移植学会に参加した時、WHO(世界保健機関)も異種移植に対する今後の積極的な関与を示した。iPS細胞を用いた臓器再生や人工臓器と並行し、さらなる研究を進めなければならない。
 

 ─少し話がそれるかもしれないが、移植は腎臓しかできないのか。

 脳死下であれば腎臓だけではなく、心臓、肺、肝臓、膵臓、小腸などの臓器が提供され、移植されている。心停止後の場合は、わが国では腎臓のみが臓器として提供されることが多い。組織移植として角膜なども提供される場合があるが、他の臓器は医学的に移植が困難な場合が多く、実施されることはほぼなかった。ただ、これに関しても急激に変わる可能性がある。

 近年、機械灌流(かんりゅう)という技術が進歩し、海外では腎臓以外の臓器も心停止後の提供により移植が行われるようになってきた。近い将来日本でも広く実用化され、各臓器移植が行われることが期待される。

 ─具体的には。

 従来、提供臓器は専用の保存液に浸した状態で冷却搬送されていた。この場合、臓器は低酸素状態であり、時間とともにダメージが大きくなる。機械灌流は摘出した臓器の血管に機器をつなぎ、専用の灌流液を血液のように循環させる方法で、臓器をより安定した状態で保存搬送することが可能となる。

 この手法により肺や肝臓などの各臓器も心停止後から移植できると報告されている。機械灌流は移植医に対しても朗報だ。臓器摘出は昼夜を問わず実施され、マンパワーが少ない施設では臓器摘出を行った医師がそのまま自分の病院に戻って移植を行っている。移植医の使命感に頼っている部分も多く、これでは移植医療を目指す若手医師は増えないことが懸念される。

 腎臓に機械灌流を用いた場合、摘出後に安定した状態を維持できる時間が長くなるため、夜間に摘出しても移植を翌日の昼間に行えるなど時間的な融通が効くようになる。こうした手法は医師の働き方に改善をもたらす面も大きいのではないか。

 ─そんなに大変だったのか。

 特に心停止後の腎移植では、提供者の心停止を現地で待たせていただくことになる。心停止後すぐに摘出を行わなければならないため複数の医師が病院に寝泊まりするのだが、数週間に及ぶ時もある。

 ─体力的に辛そうだ。

 体力的な部分だけではなく、精神的な負担も大きい。臓器提供される方やご家族の意志に応えなければという気持ちと同時に、人の死を待つということ自体が精神的なストレスになる事もある。それでも提供者の意志に報いたい気持ち、臓器提供を待つ患者さんが元気になってほしいという使命感で移植医は業務に当たっている。

 提供者のご家族は本当に辛いと思う。どの方もそうだが、特に提供者が小さなお子さんの場合、ご両親の気持ちを考えると我々も耐えがたいものがある。こうした葛藤を抱えながらも、移植を受けた方が元気になった時の笑顔に救われる。お子さんからの提供の場合、同じようにお子さんに移植されることが多いが、ついこの間まで弱っていた子が元気に夏休みを過ごして、これまで食べられなかったスイカなどの果物を頬張っている写真を見せてもらうと、本当に感慨深い。

 ─腎臓病の予防に、食生活や日常生活で注意するべきことは。

 腎臓は加齢と共に機能が低下するので、どのようにそれを抑えるかが大切。悪化速度を抑える可能性がある薬も存在するが、まず生活習慣の見直しが重要だ。

 簡単に言えば生活習慣病を予防する。特に肥満に気をつけること。かといって痩せすぎも腎機能には良くない。高血圧にならないことも重要で、塩分摂取量に気を配ることで慢性腎臓病悪化に貢献できる。

 また、人間ドックやかかりつけ医での検診も大切で、血液検査や尿検査を定期的に受けることをお薦めする。もし悪化傾向が見られれば泌尿器科や腎臓内科に紹介してもらえばよい。

 ─先生は各臓器に障害を起こす酸化ストレスを抑える薬も開発していると聞く。

 大阪大学産業科学研究所の先生から「太陽光発電パネルなどに使用するシリコンをナノレベルまで粉砕すると、アルカリ水と反応して水素が持続的に発生する。これを医学に応用できないか」と話をいただいたのがきっかけだ。

 水素には、さまざまな疾病の悪化に関与するとされている酸化ストレスを抑える働きがある。ナノレベルに粉砕したシリコンは酸性状態では反応しないのだが、弱アルカリ環境では水素を持続的に発生する。

 つまり、シリコン末を経口摂取すれば腸液と反応して腸管内で水素を発生させ、酸化ストレスを抑制するのではないかと考え研究を進めている。

 実際に慢性腎不全モデルのラットに投与すると、酸化ストレスの抑制を通じて腎機能悪化の進行を遅らせる結果が出た。シリコンはそのまま便として排泄される。

 ─その薬が出れば医療業界も変わりそうだ。

 ただあくまで研究レベルなので、これから様々な検証が必要だ。シリコン末は非常に安価なので本当に有効性があれば医療費の抑制にも有効と思うが、現時点では研究を推進することはある意味厳しい。

 ─なぜか。

 他の薬剤と異なり原料が安価すぎるので、製薬会社にとってはビジネスとしては成り立たないと判断しているようだ。従って地道に研究費を獲得しながら、自分たちで有効性の証明を続けるしか手はないと考えている。

 ─なるほど。前途は多難だが、一刻も早く薬として承認されることを期待したい。最後に、読者に伝えたいことは。

 慢性腎臓病は早期発見に努めながら、普段からの生活習慣を見直すことも大切。万一、末期腎不全に至ってしまった場合は、腎移植という選択はできないか、しっかりと家族とも相談することだ。

 最近は夫婦間の移植も多くなり、高齢の方も数多く移植を受けられている。腎移植は安全な治療になっていることを知っておいていただきたい。

 夫婦は他人なので拒絶反応が起こりやすいとか、腎移植は若くないと受けられないと思われている方がいらっしゃるかもしれないが、技術や薬剤が進歩し基本的に問題はない。

 腎移植の医療費は高額だと思われがちだが、障害者認定などの補助があるので透析と自己負担は変わらないことを知ってほしい。

 移植医として、移植医療の研究者として、腎移植の現状を広く周知することは私の使命だと考えている。必要があれば躊躇することなく是非相談をしてほしい。

今村教授(右)と阪本晋治

今村亮一さんプロフィル/長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科泌尿器科学分野 教授/大阪大学大学院 医学系研究科 招聘教授

奈良県立医科大学医学部医学科卒、大阪大学大学院医学系研究科修了。大阪府立成人病センター(現 大阪国際がんセンター)、大阪警察病院、大阪府立急性期・総合医療センター(現 大阪急性期・総合医療センター)泌尿器科副部長、大阪大学医学部附属病院 病院教授を歴任。大阪大学泌尿器科腎移植グループの責任者として、これまで数多くの腎移植の執刀、手術指導、管理を行ってきた。2023年から複数の腎移植専門医が在籍する長崎大学泌尿器科を率いている。日本移植学会理事。

長崎大学病院 泌尿器科・腎移植外科 医局/長崎市坂本1-7-1/TEL.095(819)7340