パレスチナ自治区ガザ地区を統治する「ハマス」が越境してイスラエルを奇襲する無差別テロを引き起こし、まもなく3カ月。イスラエル側は報復の攻撃を加え、幾度かの停戦期間はあったものの、今も休戦の見通しは立っていない。
こうした紛争の動きは、日本にとっても対岸の火事ではない。わが国の原油は9割を中東からの輸入に頼っているからだ。原油を積んだタンカーの出口にあたるペルシャ湾ホルムズ海峡はイランに、紅海上はイエメンの親イラン武装組織「フーシ派」に抑えられ、貨物船などの安全航行が危機に陥っている。このため、南アフリカ沖経由を余儀なくされ、輸送経費はジリジリと上昇してきた。
今回に限らず、過去にも幾度となく起きている中東不安。イデオロギーでなく、民族と宗教が複雑に絡み合うこの中東情勢をおさらいの意味も含めて整理し、今後を大胆に推理してみよう。
中東原油が日本の命綱 偏見ない立場で停戦仲介を
ガザ住民「ハマス」にうんざり
地中海に面したガザ地区は、大阪市の4分の1程度の広さに約220万人が暮らしている。すでに2万5000人が亡くなり、半数近くは子どもだ。
統治する「ハマス」(イスラム教スンニ派)は、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区(三重県ぐらいの広さ)を統治する「ファタハ」(PLO〈アラファト議長のパレスチナ解放機構〉の流れをくむイスラム教穏健派)に反発して分離独立化した経緯があり、伝統的に仲が悪い。
ガザ地区に暮らす住民の7割は、現在のイスラエル地域に居住していたパレスチナ難民とその子孫。全面的に「ハマス」を支持しているわけではないが、武装組織なので怖いから黙認してきた。しかし、発端の越境テロとその後のイスラエル攻撃にうんざりしている住民も多く、地区内では食料などの援助物資を奪い合い、「ハマス」とのいざこざも各地で起きている。
ガザ地区停戦後の復興計画支援に関し、中東各国は「パレスチナ自治区による統治」を条件にしており、米英もイスラエル・パレスチナの「2国共存」を支持。
これに対してイスラエルのネタニアフ首相は「まず、ハマスのせん滅と人質奪還。その後のガザは我々が支配する」と、パレスチナ自治区の存在を認めぬ姿勢をとっているから、交渉の糸口すら見つからない。
強気ネタニアフの裏事情
なぜネタニアフは強硬な姿勢を崩さないのか? 背景には内政での〝お家事情〟がある。ネタニアフは詐欺・背任・贈収賄の罪で2019年に起訴されて公判中。国民の支持はガザ攻撃の開始以降も、野党指導者のガンツ元副首相兼国防相の方が高い。ネタニアフは刑事訴追を逃れる自己保身のためにも、ガザが手詰まりになったら北側国境で小競り合いを続けるレバノンの反政府組織「ヒズボラ」(バックは同じシーア派であるイラン)と本格戦闘に入る危険性があるし、もっとエスカレートするとイランを直接攻撃するかも知れない。これは日本にとって最悪のシナリオだ。
欧米経済連鎖が危ない
アラビア半島の紅海出口に位置するイエメンと、東アフリカ(エリトリア、ジブチ)の間にあるマンデブ海峡は幅30㌔しかない(ペルシャ湾の出口にあるイランとオマーン間のホルムズ海峡は幅33㌔)。
ジブチは日本の友好国なので、以前から海賊対策で自衛艦が派遣されているが、そこからスエズ運河までの広い紅海上まではとてもカバーしきれない。イエメンの反政府組織「フーシ派」(バックは同じシーア派のイラン)が、間隙を突いて「イスラエル支持国に対する側面攻撃」を名目に米英の船舶を攻撃してくる。米英側は「フーシ派」基地やミサイルを報復攻撃で叩いているが、いたちごっこ。
地中海とアジアを結ぶスエズ運河は世界海運の約12%に相当する年間1万8900隻が通行する海運の要所だ。リスク回避へ南アフリカ喜望峰を迂回する船が3割程度まで達しており、日本への輸送日数は10~12日ほどよけいにかかる上、輸送費は6割上昇と遅延のダブルパンチ。欧米のサプライ・チェーン(経済連鎖)維持は危機に陥っている。
「反ユダヤ主義」はタブー
ところで、読者大多数の日本人からすると「なぜ米英をはじめとする西側諸国は、イスラエルを徹底支持するのか?」が不思議なはず。ナチスドイツに迫害された後に建国されたイスラエルを非難するのは「反ユダヤ主義であり、テロリストの発想」という大前提があるからだ。
米国ではウクライナ支援が滞っても、イスラエル支援に反対する声は議会で少数派だ。今もドンドンと武器を提供している。これは今年11月に大統領選を控え、ユダヤ系の票と金が勝敗を左右するからだ。
英国もイルラエル建国に際し二枚舌、三枚舌を用いて今日に至るまでパレスチナ問題を複雑化させた責任があるから、イスラエル非難は御法度だ。
対する中東のリーダーは、シーア派のトップが〝反イスラエル、反米英〟の黒幕的存在のイラン。一方のスンニ派は親米王制のサウジアラビア。
イランはかつて親米王制だった時期はサウジと同じスタンスだったが、イラン革命で政権が転覆し一気に反目へと回った。イランの核開発は米国の再三の警告も無視して進んでおり、背後にはロシアが付いている。仮に「ハマス」をネタニアフが言うようにせん滅できても、かつての「イスラム国」(通称IS、主にイラクで活動)のように非合法組織として地下に潜るだけだから実効性は乏しい。
石油利権がほしかった米資本が中東原油をアテにしなくなり次第に手を引くと、間隙を縫って進出してきたのが中国。昨春、イランとサウジの外交関係正常化を仲介し一気に存在感を高め、西側諸国にとっては頭が痛い台頭ぶりだ。
「ガソリンは血の一滴」?
では、こうした中東の複雑な状況を踏まえ、日本は国益のためにどう立ち回るべきなのか? 日本人にとって「反ユダヤ主義はテロリスト」という決めつけもないし、「イスラム圏への十字軍的な反発」も存在しない。だからこそ積極的にガザ地区への人道支援をすべきだと見る。
日本の生命線である原油の輸入先はサウジとUAE(アラブ首長国連邦)で4割弱ずつ、クエートとカタールで8%ずつと中東原油への依存度は92%近くに達している。このため、中東で全面戦争が起きたら日本の日常生活は相当危うい。
ロシアのウクライナ侵攻で、世界的なサプライ・チェーンがズタズタになり、各国は中東以外からの輸入も増やすリスク分散へかじを切っているが、日本の識者は相変わらず「中東原油が入らなくなったら、原発を再開してフル稼働させるチャンス」としか思っていないから救われない。
戦前に中国大陸で小競り合いをしていた日本が、一転して広い太平洋を舞台に全面戦争へとかじを切ったのは、米英が日本への石油全面禁輸を打ち出したからだ。日本を存続させるため、南方の領域にあった原油を確保する電撃作戦だった。
その時になって慌てないように、国は中東原油依存度を少しでも下げる施策を急がねばならない。