崩れゆく米国一極支配構造 「内憂外患」「四面楚歌」で困ったバイデン大統領

 突如、中東パレスチナ地区を舞台に巻き起こった〝イスラエルVSハマス〟の戦闘状態にバイデン米国大統領が慌てて現地入りした。ウクライナ侵攻したロシアへ対抗する支援継続が出口が見えないまま重くのし掛かる中、国内はねじれ状態の下院議会が議長選を巡り大混乱し機能マヒ。長引く自動車業界の労組スト現場まで同大統領が駆け付け、直接連帯を表明。まさに「内憂外患、四面楚歌」。〝世界の警察、自由で民主的な国々の盟主〟と言われた米国のリーダーシップはどこへ行くのか?

(週刊大阪日日新聞 論説委員 畑山博史)

崩れた国際協調

 日本にとって、米国は経済と安全保障(軍備)の両面で欠かせないパートナーだ。ところがこの2つはコロナ前ぐらいまで相反する方向性があった。 

 経済面はグローバルサプライチェーンと言って「原料調達から消費まで、世界中を対象につなげる」だった。根底には「大国の核拡散防止が一段落した21世紀に、もはや地上戦争は起こりえない」との思い込みがあった。一方の軍事面では「欧米や日本などの自由主義国と、中露や北朝鮮などの専制主義国とのイデオロギー対立がさらに先鋭化」との危惧から、経済が進み過ぎ実質無国境状態になることに「経済安全保障」面で警鐘を鳴らしてきた。

 結果はウクライナ侵攻をきっかけに欧米とロシアとの対立激化で、日本も防衛費倍増や日韓米連携強化など中露への警戒心が急激に高まっている。では肝心の自由主義陣営の盟主・米国がどれぐらい頼りになる存在なのだろうか? そのお家事情はこうだ。

米国は大統領選一色

 米国は来年11月、4年に一度の大統領選を迎える。前回2021年1月の選挙結果確定直後の米議会襲撃事件は記憶に新しい。「アメリカズ・ファースト(米国第一)」主義者の共和党・トランプ前大統領(6月に77歳になった)と、「国際協調」を唱え僅差で勝利した民主党・バイデン大統領(11月に81歳になる)が再び対決する可能性が高い。どっちに転んでも「在任中80代」という超高齢者が〝自由主義国リーダー〟という事態が起こる。それは両党とも「トランプか否か」という選択肢しかない状態に陥り、「バイデンはトランプに勝った人」というトラウマがあるからだ。

 各種世論調査の結果、現時点でトランプ再登場の可能性が高まっている。私の友人の軍事や経済の専門家である学者や財界人は「悪夢のトランプ政権」と表現してはばからない。それは以前のトランプ政権時代に起こった混乱からだ。

①対中強硬に代表される輸入品への関税引き上げやTPP(環太平洋経済連携協定)離脱の保護貿易体質

②地球温暖化阻止を目指すパリ協定からの離脱による環境政策後退

③性急なアフガニスタン、イラクなど中東からの兵力引き上げ決定とイスラエルへの一方的支援がもたらした軍事バランス崩壊

④中南米ヒスパニックの人々を築いた国境壁で阻止、イスラム諸国、中国などからの入国制限

などが上げられる。いずれも米国内雇用を守るとか、外国への支援予算を減らし国内に振り向けるというお題目で、支持者からは当時圧倒的な支持を得た政策だ。

 政権奪還したバイデンは、トランプの後始末に今も追われ続けている。トランプの政策は一見「米国第一」を体現したように見えるが、実は長期的には米の国力を削ぐ逆効果になっている。

 ①輸入品関税引き上げは中国をはじめとした貿易相手国の反発と報復を招き、国内農作物生産農家は大打撃を受けた。輸入品は値上がりし、国民は高い買い物を強要された。決定的だったのは海外からの直接投資と優秀人材の流入を冷え込ませたことだ

 ②パリ協定離脱は、直接的には国内の石炭産業とガソリン車製造の産業保護が名目だが、少し長い目で見れば脱化石燃料化とEV(電気自動車)化への乗り遅れは明らかだ④好況に転じても現業の人手が慢性不足で、賃金上昇に伴うインフレは止まらない。

 ③の軍事面はもっと深刻。国外の米軍基地数は600カ所前後あるが、米兵駐留という視点で見ると国・地域だけで優に100を超える。その重点配置は日韓をはじめとする北東アジア、サウジなどの中東、そしてNATO(北大西洋条約機構)と連携した欧州だ。

 地図を広げてみるとアジアと欧州を併せたユーラシア大陸を東・中・西の3カ所で抑えているのが分かる。トランプが決めたアフガン撤退で大混乱したのはバイデン政権時代。米国内のユダヤ系住民は民主党支持者が多いことからそれを切り崩そうと、トランプはイスラエルの米大使館を一方的にエルサレム移転、周辺のイスラム教国の猛反発を招いたツケが今回のガザ紛争につながっているとすれば、罪はさらに深い。プーチン大統領や金正恩主席に対しても対中国強硬策を急ぐ余り、甘い顔をしてさまざまな危険な兆候を見過ごした結果が「ウクライナ侵攻につながった」と見る。

 米国はアメリカ大陸に位置し、敵対しそうな危険性がある諸外国と常に海を隔てていることから、第1次、第2次の世界大戦をはじめさまざまな外国勢力との武力紛争に国土が直接巻き込まれた経験がない。損得利害だけで、米がユーラシア大陸での国際紛争介入や難民支援などの国際協調に背を向けると世界はさらに不安定になり、結果として米国自体が不利益を受ける。

 「天にツバを吐き、自分の顔に掛かる」は、こういう事を言うのだが、外交政策は有権者の懐具合に直接響かないからどこの国でも選挙結果に反映されにくい。トランプのパフォーマンスには好都合なのだ。

分断広がる米国の未来

 米大統領選は、第2次大戦後ほぼ共和VS民主両党の争いだった。任期は4年で同一人は2期まで務められる。バイデンは通算46人目の米大統領だが、再選できたのは17人しかいない。逆に再選を目指しながら果たせなかったのはトランプを含め10人。もしトランプが来秋、4年の空白を経て2度目の当選を果たすと19世紀末のクリーブランド大統領以来、史上2人目の珍事。

 ここで不思議なのは「高齢者同士の再選争いより、ケネディやオバマが登場した時のような若くて清新なニューリーダーがなぜ出ないの?」という疑問だ。ビジネス界の世界的リスクコンサルタント「ユーラシアグループ」による〝2023年十大リスク〟には、1位プーチン露大統領、2位習近平中国国家主席が当然の様に並び、8位に分断国家・米国が入っている。米国第一か国際協調か、意見は鋭く二分され妥協点が見いだせないから、若手が割り込む余地はない。

 現職のバイデンは、外交でウクライナとパレスチナを抱え、内政は【1】長引く全米自動車労組の賃上げ要求ストで自動車減産【2】予算不成立で政府機関の部分的閉鎖続く【3】コロナ規制解除で学生ローン返済が再開され消費先行き不透明【4】OPEC減産による原油価格上昇と、多数の不安材料を抱えどうにも身動きが取れない。

 そうした情勢の中で、米国は短期的景気動向を重視してどんどん内向きになり、外の世界への寛容さを次第に失いつつある。それにうまく乗り、目先の利益優先で人心をつかみ続けるのがトランプという構図だ。

次代狙うBRICS

 第2次大戦後長く続いた米国優位の世界情勢も変化し、新興国連携「BRICS」(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の台頭でジリジリと守勢に立たされている。世界の貿易決済の4割は今も米ドルだが、1999年に最初の対抗軸としてEU(欧州連合)の新通貨ユーロが誕生。既に定期的サミット(首脳会議)も開いているBRICSが次第にドル離れを進め、5カ国通貨の頭文字を取った「R5」という新通貨誕生も議題になりつつある。

 BRICSサミットには来年1月に穀物輸出国アルゼンチン、産油国サウジアラビアとイラン、UAE(アラブ首長国連合)、アフリカの人口増大国エジプトとエチオピアの6カ国が加入予定で、世界勢力図は一層混沌としてきた。とても「米国の傘の下なら安泰」というご時世ではなくなった。

 来年トランプが4年ぶり2期目の大統領になれば、1期目よりさらに手に負えなくなる。1期目就任前は「選挙中は威勢の良いことを言っていても、実際に大統領になればそうは行かない」と誰もが思っていた。しかしその後のトランプのやりたい放題はごぞんじの通り。

 しかも3期目はないから、4年間フルに暴れ回れる。トランプが開けた「パンドラの箱」(米国が内包していた人種や宗教、性別などへの偏見や差別)は大っぴらに引き継がれ、彼の後継者には若くもっと独善的な人物が台頭してくる。トランピズム(トランプ的な考え方)は、もう彼自身だけに留まらない。

 実はこれこそ、米国が世界のリーダーから徐々に退場する〝終わりの始まり〟のサインだ。人も組織や国も断末魔は独善に陥り、他を顧みないものだから。

NOと言える日本

 重要なのは、我が国の与党政治家と官僚による「日本の対米追従政策をどう変えるか?」に絞られてくる。経済と防衛の両面から「トランプに対する是々非々」を今から腹をくくって考えなければならない。彼の同盟国に対する一方的な無理難題と費用負担増を、作り笑顔で渋々応じる訳にはもういかない。国益を念頭に置いて『「NO」と言える日本』(1989年に盛田昭夫・石原慎太郎が共著)をチラ付かせるぐらいのしたたかな駆け引き能力こそ、これからの我が国トップに求められる外交資質なのだ。