【短歌に込める経営者の想い㉜】東洋紡 竹内郁夫社長

(歌人・高田ほのか) 

 「音楽というのは、空気の振動にすぎません。しかし、理屈抜きで人を感動させる力があるんです」。そう語る竹内郁夫社長の声は穏やかで、どこか管楽器のような深い余韻を残す。

 子育てが一段落した40代で再開した音楽活動。現在も市民オーケストラでファゴットを担当している。モーツァルトの音楽は神がかっていて、演奏中鳥肌が立つこともある。

東洋紡は1882年の創業から140年以上。「変化を恐れず、変化を楽しみ、変化を創ることが大切」と話す竹内社長

 独特な音色を持ち、主旋律を支えることの多いファゴット。自らが前に出るのではなく、全体の調和と厚みを生みだすその楽器を手に、仲間と音を合わせる日々が、竹内社長の経営の肌感覚を鍛えた。東洋紡の創業精神である、「順理則裕」――なすべきことをなし、ゆたかにする――その理念を、会社全体として、いかに奏でられるか。そこに、彼の企業文化の理想がある。

 東洋紡は、「東洋のマンチェスター」と称され、日本の紡績産業の礎を築いた企業だ。1879年、初代社長の山辺丈夫氏は、当時日本の財界をリードしていた渋沢栄一氏に薦められて紡績技術者へ転身。1882年、日本初の紡績会社「大阪紡」を創立する。

 竹内社長は、140年という歴史の重みを背負う責任と誇りを語る。「すべてを輸入に頼っていた時代に、自らの手で糸を紡ぐ。それは単なる技術革新ではなく、日本人のことばと概念を新たに編む仕事でもありました」。たとえば、紡績機の〝スピンドル〟という単語を「錘(すい)」など、日本語の技術用語に翻訳した。その用語は、今も日本の繊維業界で使われ続けている。

 140年の歴史の中で、吹いたのは追い風ばかりではない。70年代の繊維産業の構造不況や、90年代以降中国からの輸入急増による構造改革。2020年には品質問題と労災事故が重なり、社の信頼が大きく揺らいだ。社長就任の前年のことだったが、竹内社長はこの一連の出来事を変革の契機として真正面から捉える。「なぜ不正が起きたのか。なぜ未然に防げなかったのか。技術や制度の問題ではなく、文化や意識の部分に目を向けねばならないと思いました」

 人と組織がすこやかであるために必要なもの。それは、経営の言葉を使えば「ガバナンス」や「企業倫理」となるのだろう。だが、竹内社長の語るそれは、もっと身体的で、音楽のような響きを帯びる。
「指揮者は常に指示を出しているわけではないんです。メンバー同士の音という〝風〟を聴き合い、譲り合いながら五線譜を音楽にしていく。会社も同じです。自分が引っ張らないといけないときはリードし、裏方のときはサポートに徹する。誰かが奏でる旋律に、自分の想いを重ねる。それが大事なんです」

 竹内社長の話を聞いていると、オーケストラのハーモニーというものが、「順理則裕」を体現しているように思えてくる。「歴史を未来につなげるには、何かを守るだけでなく、変化を恐れず、変化を楽しみ、変化を創ることが大切。会社という〝交響楽団〟においても、多様な個が互いの音を信じ、混ざり合うことでイノベーションが生まれるのです」。眼鏡の奥の穏やかなまなざしに、東洋紡の創業精神が重厚に響いた。

ファの音にラが重なって五線譜は風の奏でる順理則裕

竹内社長(右)と高田ほのか
会社を〝交響楽団〟に例え、「多様な個が互いの音を信じ、混ざり合うことでイノベーションが生まれる」と話す竹内社長(右)

【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)  。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)

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