【短歌に込める経営者の想い㉙】セレッソ大阪 森島寛晃会長

(歌人・高田ほのか) 

 森島寛晃会長には、現役のころからずっと大切にしている「心技体」という言葉がある。小学生のころ、所属していたサッカークラブでそのプレーを見て以来、「尊敬する大先輩であり、あこがれの選手」と慕いつづけてきた元Jリーガーで解説者の木村和司さんから贈られた言葉だ。

 「間近で見た木村さんのフリーキックに一目惚れしてしまって。ぼくがJリーグデビューを果たす直前の1995年に、木村さんと対談をさせてもらったんです。そのとき言われたのが、『サッカーは上手いだけではだめ。「心技体」のすべてを整え、向き合わないと絶対に成功しないよ』という言葉でした」。対談の終わりに受け取った色紙には、〝森島くんへ 心技体〟と書かれていた。その日から、この言葉が常に森島会長の胸の真ん中にある。「森島くんへ の〝へ〟を長く伸ばして、そこにちょんちょんと点が付けられていたんです。ぼくもサインを書くときは、木村さんの“へ”を真似して書くようになって(笑)」と、森島会長は笑いながら、現役時代から五㍉伸ばした坊主頭をかいた。

 現役時代の森島会長は、小柄な体で誰よりも走り、前線からチームを鼓舞し続けた。その姿は〝ミスターセレッソ〟〝モリシ〟の愛称で親しまれ、多くのファンに愛された。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。「ぼくが現役の時代は、勝ちきれない試合が何年も続いて、2017年のルヴァンカップで初めてタイトルを取ったんです。あの歓喜の瞬間は、今も忘れられません。今度はリーグ戦での優勝を、ホームスタジアムであるハナサカで迎えたい。目標を一つ達成すると、必ず次へつながっていくんです」。木村さんから受け取った「心技体」を毎日反芻し、研鑽を重ね、自分のものとして磨き上げてきたからこそ言える言葉だろう。

 ヤンマーハナサカスタジアムは、スタンドからピッチまでの距離が最短5.8㍍。選手の息づかいまで聞こえてきそうな距離だ。セレッソ大阪は、選手、サポーター、パートナー企業など、クラブに関わるすべての人を「ファミリー」と呼び、一体感を何より大事にしてきた。その思いが、この距離の近さに現れている。

 〝ミスターセレッソ〟こと森島寛晃選手が現役時代につけていた背番号「8」は、今もチームのエースナンバーだ。「後輩たちが受け継いでいってくれるなかで、サポーターもこの番号をより大切に想ってくれるようになっていきました」。番号とは不思議なものだ。ただの記号だったはずの数字が、誰かの情熱や記憶をまとい、意味を持ちはじめる。背番号もまた、人から人へ受け継がれる物語なのだろう。

 セレッソはスペイン語で「桜」の意を持つ。桜は大阪の市花であり、セレッソ大阪は季節が巡るたびに人の心を動かす花の名を冠したクラブなのだ。森島会長自身も、木村さんから受け取った「心技体」という種を、長い年月をかけて育ててきた。その花は今、クラブのなかで新たな種を宿し始めている。

 世界で満開の夢を咲かせるために、セレッソ大阪は今日も、次の一蹴りへ向かって走り続ける。

ホイッスル!サクラ色たち風を切りストライピングを駆け抜けてゆく

森島会長(右)と高田ほのか
サッカー界のレジェンドで尊敬する大先輩の木村和司さんからもらったサイン。心技体と記されている
セレッソ大阪の本拠地、ヤンマースタジアム長居(大阪市東住吉区)
桜色のユニホームを着たセレッソファンで埋まった観客席
観客で埋め尽くされたヤンマースタジアム(大阪市東住吉区)

【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)  。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)

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