
「高校生のころですね。毎夜のように父が「お腹減ったか?」とチャーハンをつくってくれたんです。それがうれしくて、今も心に残っています」
創業1781年の昆布の老舗「神宗(かんそう)」の小山鐘平社長は、やわらかな笑みを浮かべて話してくれた。

父親の料理は、愛情表現というより〝こだわり〟の塊だったという。土鍋を三つ使い分け、使った鍋は天日干しする。冷蔵庫には自家製のぬか床があり、古漬けを刻んではお茶漬けに添えて淡々と楽しむ。「マンションのベランダで炭をおこして焼き鳥を焼くような人で。『炭火じゃないと旨ない』って、半ばポエムのように語ってました(笑)」。小山社長の心の食卓には、職人スタイルを貫く父親の存在がある。
2009年、小山社長が25歳のとき、縁に導かれるように神宗創業家の奥様と結婚。家業を手伝うため神宗に入社する。28歳で武蔵野調理専門学校に学び、30歳で神宗の社長となった。「商品の販売などの店舗運営から、次第に商品開発にも携わるようになっていきました」
最大の危機は2018年。当時こだわって使用していた天然の真昆布が、台風や環境の変化により、ほぼ獲れなくなったのだ。昆布がなければ佃煮はつくれない。つまり、店を続けられない。「まずは淀屋橋本店を閉めなければならないと、得意先の百貨店に伝えにいく準備もしていました」
しかし、土壇場で一筋の光が差す。かねてより、なんとか代替できないかと研究を重ねていた天然の利尻昆布の試作が、このタイミングで結実したのだ。信頼できる仕入れ先にも恵まれ、奇跡的に事業を継続できることになった。
「私は、世の中の主流になっている出汁パックの粉末や液体だしが進化だとは思いません。本来のだしのおいしさを伝える方法を進化させることは必要ですが、素材からのだしの取り方というのは進化しない。それが最上なので、進化しようがないのです。僕ら仕事は、本来のだしの取り方を守っていくことです。でも、それは進化させるより、よっぽど難しいことだと感じています」
今、小山社長は子どもたちに〝本物のだし〟を伝える食育活動に力を入れている。最高級の昆布と鰹節でとった贅沢なだし。生まれて初めて飲むであろうその一杯に、子どもたちが「おいしい!!」と目を丸くする。「食の力の本質を感じる瞬間です。私はつくるのはもちろん、それ以上に、人に伝えるのが好きなんです。自分のつくったもので笑顔になってもらえると、最高にうれしいですね」
伝統の味というものは、自然の恵み、受け継がれてきた歴史、職人の技、そして家族の記憶が幾層にも重なり、成り立っている文化なのだと小山社長は語る。その原点には、夜中には、父親がつくってくれた一皿のポエムが、いまも静かに湯気を立てている。
ひと匙のだし掬うときまなうらにポエムのようにたゆたうゆげよ




【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版) 。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)
