坂本龍一が最先端技術によって目の前によみがえり、ピアノを演奏する。そんな没入体験ができる展覧会「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」が、グラングリーン大阪・うめきた公園ノースパークの「VS.(ヴイエス)」(大阪市北区)で10月12日まで開かれている。

「KAGAMI」は、坂本龍一と、Todd Eckert率いるTin Drumが、坂本の人生最後の4年間をかけて共に構想、制作したプロジェクト。2023年、ニューヨーク The Shedでの世界初演以降、ロンドン、マンチェスター、台北、シンガポール、メルボルン、イタリア、香港など世界各地で上演され、大きな反響を呼んできた作品。
来日していたパートナーのTodd Eckertさんによると、タイトルに日本語の鏡を表すKAGAMIを選んだのは、坂本とToddが好きだったロシア人監督の映画のタイトルが「鏡」だったことと、この作品が坂本の音楽を映し出す、静かな〝鏡〟のような作品だったから、だそうだ。

チケットはREDとBLUEの2種類があり、REDチケットでは、 「KAGAMI(MRコンテンツ) 」完全版(約60分)の鑑賞に加えて、来場者限定でKAGAMIの演奏を収録した「7インチ・アナログレコード」の特典が付与される。一方、BLUEチケットでは短時間滞在にもおすすめの「KAGAMI(MRコンテンツ) 」体験版(約30分)が楽しめる。
REDとBLUEの大きな違いは、その演奏時間と曲数。RED用の空間は特別感のある閉鎖空間で、BLEU用はオープンスペースだが、体験できる仕組みは同じといえる。



観客は透過型ヘッドセットを装着し、独自の三次元映像技術によって再現された坂本の姿を3Dの立体映像で見ながら、彼が奏でる音楽を聴くことになる。

空間中央には、グランドピアノを奏でる坂本の姿が立体的に浮かび上がり、観客はその周囲を囲むように自由に歩きながら鑑賞する。目の前で坂本が演奏している空間に、自らも入り込んだような感覚に包まれる。




ヘッドセット越しに見える立体映像は、54台のカメラを使って坂本がピアノを弾いている姿を撮影した映像を半年近くかけて整理し、複合現実(Mixed Reality)という技術で立体的に彼の姿を再構築したもの。近くまで寄って見ると、彼が頭を動かすと髪の毛が揺れ、音楽に合わせて眉毛が上下したり、眉間に皺を寄せたり、口もとを綻ばせたり、と表情を変えることがわかる。
目の前で坂本が自分のためだけにグランドピアノを演奏しているかのようで、現実のコンサートでは実現しえない距離で演奏を体感できる。
昨今、多用される没入感やImmersiveという言葉で表現されていたデジタル世界からもう一歩踏み込んだ別世界のようで、「坂本さん?」と呼びかけると振り向いて「はい」と答えそうな、そんなリアリティを感じるビジュアルだ。
Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+全体は、Introductionと、先のREDとBLEU以外に3つのセクションがあり、それぞれに坂本の音楽を表現している。「TIME, TIME」は、2021 年にホランド・フェスティバル(アムステルダム、オランダ)で初演されたシアターピースTIMEを基に新たに制作されたインスタレーション作品。
「Ryuichi Sakamoto:Playing the Piano 2026 – D」は、坂本の過去の演奏データを、彼が長く向き合ってきたグランドピアノで再生する特別なプログラム。

2025年9月、同じ会場 VS. で開催した「sakamotocommon OSAKA 1970/2025/大阪/坂本龍一」では、連日多くの観客がこのピアノの周りに集まり、鍵盤に宿る坂本の演奏の記憶に静かに耳を傾けた。2026年度は、同展のメインプログラムである「KAGAMI」に呼応するよう、本人の演奏データから新たに7曲を選んだ。

「Ryuichi Sakamoto:Musics- open reel listening room」は、オープンリールのアナログテープで再生される、坂本のオリジナル・アルバム。

非圧縮のマスターファイルから丹念に作られたこれらのテープは、坂本がスタジオで聴いていた響きを再現している。

「Ryuichi Sakamoto:Playing the Piano 2026 – D」と「Ryuichi Sakamoto:Musics- open reel listening room」は、同じ空間に向き合ってセットされており、60分ずつ順番に演奏を奏でるので、全部聴くためには、ここだけで2時間必要になる。
REDが60分、BLEUが30分の所要時間なので、Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+を存分に堪能するためには4時間近く必要になる。もちろん、全部を最初から最後まで体験しなければいけないわけではないので、1、2時間で巡ることも可能。
Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+はこれまで世界各地で上映されているが、今回大阪で上映される内容は、同展のために拡張された特別バージョンのKAGAMIなのだ。この空間にあわせて新たな演出、展示を加え、TIME, TIMEをはじめとする複数作品とともに、坂本の音と時間を立体的に体験できる展示空間として構成されたのだ。作品の特性から上映できる場所の選定には厳しい条件があり、それをクリアしたのが、この安藤忠雄氏が設計したVS.の空間だったこともあり、日本では初めての上映となる。
筆者は、過去に坂本龍一と個人的な接点があった。世界を巡ったBTTB World Tour 2000の北米ツアーの大トリがニューヨークのBowery Ballroomで行われた際にスタッフの一人として舞台袖から彼の演奏を聴いていた。また、そのあと少人数でテーブルを囲んだレイトディナーで会話も交わした。今回、すぐそばで演奏する彼の立体映像を見て、その時の記憶が蘇ってきた。それほどリアリティのある坂本龍一の姿が目の前に浮かび上がっていたのだ。
来場者にも、それぞれの中にいる坂本龍一に思いを馳せてほしいものだ。
チケットは約60分のフル体験と展示鑑賞、来場者限定特典のEP盤が付く「RED TICKET」(1万5000円)と、約30分の体験版と展示鑑賞がセットになった「BLUE TICKET」(一般4500円、学生2500円)の2種類。いずれも税込み。詳しくはホームページ(https://vsvs.jp)へ。
