国や大手製薬会社も動く〝未病〟改善 東洋医学の知恵、20年前から伝え続ける 国際中医師・土井雅雄さん

 「健康」と「病気」は、はっきり二つに分けられるものなのか。近年、その間にある心身の変化を捉える「未病」という考え方が、国や行政、企業の間で改めて注目されている。

 国が2025年2月に閣議決定した「健康・医療戦略」では、健康か病気かの二分論ではなく、健康と病気を連続的に捉える“未病”の考え方が盛り込まれた。神奈川県も未病改善を政策として進め、食や運動、社会参加を柱に、日常生活の中で心身を整える取り組みを呼びかけている。

 その広がりは企業にも。製薬会社大手のロート製薬(大阪市)は東南アジア最大級の漢方薬製造販売企業「余仁生(ユーヤンサン)」(シンガポール)を買収し、伝統中国医学(中医学)の知見を生かした食品・ヘルスケア事業に着手。「余仁生 冬虫夏草(とうちゅうかそう)」などのサプリメントの販売を開始しており、未病・予防、ウェルビーイングの領域を見据えた動きとして注目されている。

未病の知恵、伝え続けて20年

 「20年以上、中医学や未病の考え方を伝える活動をしてきた。国や製薬会社が関心を持ち始めたことで、ようやく一般の人にも東洋医学を学ぶ入口が広がってきたのは喜ばしい」

 こう話すのは、国際中医師で医学博士、一般社団法人国際未病マネジメント協会代表理事の土井雅雄さんだ。

東洋医学の原理について説明する土井さん

 土井さんは現在、東洋医学や未病について市民が学べる機会を作ろうと、全国各地でセミナーを開いている。東洋医学を初めて学ぶ人にも分かるよう、難しい専門用語を並べるのではなく、「なぜ疲れやすいのか」「なぜ眠りが浅いのか」「食べたものが体の力になっているのか」といった身近な不調から、体の見方を伝えるのが特徴だ。

 中でも重視しているのが、東洋医学でいう「五臓」の働きだ。肝、心、脾、肺、腎という五つの働きは、現代医学の臓器名とは完全に同じ意味ではなく、体全体のバランスを見るための考え方として用いられる。セミナーでは、手首の脈に触れて体の状態を探る方法や、「内臓の鏡」ともいわれる舌の見方など、自分の体調に気づくための基本をていねいに伝えている。

 また、希望者には漢方素材を使ったドリンクの試飲も行い、脈や舌、体感にどのような変化があるかを確かめる時間も設けている。土井さんは「病気を治す場ではなく、自分の体のサインに気づくための学びの場。東洋医学を難しく考えず、まずは体験を通して知ってほしい」と話している。

阪神大震災を機に東洋医学の道へ

 土井さんが東洋医学の道へ進んだきっかけは、1995年の阪神大震災だった。もともとは自然食品や健康食品を扱い、阪神間を中心に宅配や勉強会を続けていた。こだわりの野菜や食品を会員に届け、月に一度は健康について学ぶ場を開く。事業は軌道に乗り、土井さん自身も「自分のやりたい形に近づいていた」と振り返る。

土井さんが20年にわたり続けている東洋医学をわかりやすく学べるセミナー

 その矢先に震災が起きた。芦屋市にあった自宅マンションは全壊。会社の建物は残ったものの室内は大きな被害を受けた。顧客も避難し、生活の基盤を失った人も多かった。ようやく地域が少しずつ落ち着きを取り戻し始めたころ、土井さんはある変化に気づいた。以前は元気だった人たちが、震災の影響で心身ともに疲れ切っていたのだ。

 「健康食品や栄養補助食品を届けても、どこか届き切らない感覚があった。何かが足りない」。震災後の人々の不調と向き合う中で、その思いは次第に強くなっていった。そんな時、上海中医薬大学の関係者との縁が生まれた。中医学を学べば、今抱えている疑問が解けるのではないか。そう勧められ、土井さんは本格的に東洋医学を学び始めた。

 ただ、仕事を続けながらの勉強は簡単ではなかった。漢方の名前や働き、体の見方、病気に至る考え方を一から学び直した。国際中医師の資格取得を目指し、忙しい合間を縫って机に向かった。「誰かに伝えるなら、きちんと学ばなければ説得力がない」。その思いが土井さんを支えた。

「西洋と東洋、両方の視点を」

 「東洋医学の特徴は、体を部分だけでなく、全体のつながりで見ることにある」と説明する土井さん。西洋医学が臓器や数値、病名を細かく見ていくのに対し、東洋医学は食事、睡眠、感情、季節、生活リズムなどを含めて体全体を捉える。土井さんは「木を見るのが西洋医学なら、森を見るのが東洋医学。どちらか一方ではなく、両方の視点が必要」と話す。

「中医学を正しく広めている」と活動が評価され、2011年にWHO(世界保健機関)から表彰を受けた

 土井さんは西洋医学を否定しているわけではない。けがや急性症状、緊急性の高い病気には西洋医学の力が欠かせない。一方で、長く続く不調や生活習慣に関わる体調の乱れについては、東洋医学の視点が役立つ場面もあるという。

 「病気になってから考えるのではなく、日々の小さな変化に気づくことが大切」。土井さんの言葉からは、震災後に目の前の人たちの不調と向き合ってきた実感がにじむ。単に知識を伝えるのではなく、暮らしの中で自分の体を見つめ直すきっかけを作りたいという思いがある。

生活習慣見直す知恵として、正しい理解を

 高齢化が進み、健康寿命の延伸が社会課題となる中、SNSなどでは「未病」のワードをよく目にするようになった。ただ、東洋医学や未病を語る際には、特定の商品や方法で病気が治るかのように伝えるのではなく、科学的な医療と対立させずに、生活習慣を見直す知恵として正しく理解することが必要だ。

 土井さんは「東洋医学は特別な人だけのものではなく、毎日の食べ方、眠り方、体の見方に生かせる知恵。まずは自分の脈や舌を見て、体が何を伝えているのかを知るところから始めてほしい」とセミナーへの参加を呼びかけている。

 6月のセミナーは次のとおり。22日=神戸市立西区文化センター(神戸市西区)、24日=MAINDISH(JR芦屋駅近く)、26日=本町倶楽部(大阪市中央区)。参加費は各会場1000円。

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